

「働きたい気持ちはあるけれど、すぐに就職する自信がない」「休職や退職を経験してから、働くことが怖くなった」「発達障害や精神疾患の特性があり、自分に合う働き方が分からない」。このような悩みを抱えている方は少なくありません。働くことは、生活費を得るためだけでなく、社会とのつながり、役割、自己肯定感にも関わります。一方で、体調やこころの状態が十分に整わないまま就職を急ぐと、再び不調になったり、短期間で離職してしまったりすることがあります。
就労移行支援は、障害や病気のある方が、一般企業などで働くことを目指すための障害福祉サービスです。いきなり就職活動を始めるのではなく、生活リズムを整える、働くための体力をつける、自分の得意・不得意を理解する、応募書類や面接の準備をする、職場で必要な配慮を整理するなど、就労に向けた準備を段階的に行っていきます。
💡この記事のポイント
就労移行支援は、「すぐに働ける人だけ」が使う制度ではありません。働きたい気持ちはあるものの、体調、生活リズム、対人関係、職場選び、面接への不安などに課題がある方が、一般就労に向けて準備をするための支援です。
就労移行支援とは、障害者総合支援法に基づく障害福祉サービスの一つです。主に、一般企業などで働くことを希望する方に対して、就職に必要な訓練や相談、職場探し、就職後の定着に向けた支援を行います。対象となる方は、身体障害、知的障害、精神障害、発達障害、難病などがあり、一般就労を目指している方です。
精神科・心療内科の外来では、うつ病、双極性障害、不安障害、適応障害、統合失調症、発達障害などのために、休職や退職を経験した方から、「いつから働けばよいのか」「どのような仕事なら続けられるのか」「障害者雇用を考えた方がよいのか」と相談されることがあります。就労移行支援は、そうした悩みを一人で抱え込まず、支援者と一緒に整理していく場でもあります。
✅ 就労移行支援で行うことの例
就労移行支援の目的は、単に「就職すること」だけではありません。大切なのは、本人に合った働き方を見つけ、できるだけ長く安定して働き続けられる状態を目指すことです。そのため、求人を紹介して終わりではなく、本人の体調、特性、職場環境、必要な配慮などを丁寧に整理していきます。
精神的な不調を経験した後は、「働きたい」という気持ちと、「また体調を崩したらどうしよう」という不安が同時に出てくることがあります。特に、休職や退職を経験した方は、以前の職場でのつらい記憶が残っていたり、自信を失っていたりすることがあります。その状態で無理に就職活動を進めると、面接や職場環境の変化が大きなストレスになることがあります。
就労移行支援では、まず毎日決まった時間に起きる、外出する、人と関わる、作業に取り組むといった基本的な部分から整えていきます。これは一見すると遠回りに見えるかもしれません。しかし、働くためには、仕事内容の能力だけでなく、生活リズム、体力、集中力、対人関係、通勤への耐性などが必要になります。
🌿 焦らないことも大切です
「早く働かなければ」と焦るほど、自分の状態を客観的に見にくくなることがあります。就労移行支援では、働く前の準備段階として、体調の波、疲れやすさ、得意な作業、苦手な場面などを整理していきます。
特に精神科・心療内科に通院している方の場合、症状が完全にゼロになるまで待つのではなく、症状と付き合いながら働く方法を考えることもあります。たとえば、不安が出やすい方であれば、どのような場面で不安が高まりやすいのかを整理します。発達特性がある方であれば、口頭指示が苦手なのか、マルチタスクが苦手なのか、音や光に敏感なのか、対人コミュニケーションで疲れやすいのかを確認していきます。
うつ病や適応障害では、気分の落ち込み、意欲低下、疲労感、集中力低下、睡眠の乱れなどにより、以前と同じように働くことが難しくなることがあります。不安障害では、人前で話すこと、電話対応、面接、上司への相談、ミスへの不安などが大きな負担になることがあります。双極性障害では、気分の波を理解し、睡眠不足や過活動を避けながら働く工夫が必要になることがあります。
発達障害の場合は、能力が低いということではなく、環境との相性によって困りごとが強く出ることがあります。たとえば、ASD傾向がある方は、あいまいな指示、急な予定変更、雑談中心の人間関係が負担になることがあります。ADHD傾向がある方は、忘れ物、締め切り管理、優先順位づけ、注意の切り替え、同時並行の作業で困ることがあります。
🔍 就労で困りやすい場面
このような困りごとは、「努力不足」や「甘え」と決めつけるだけでは解決しません。自分の特性や症状を理解し、環境調整や対処法を考えることで、働きやすさが変わることがあります。就労移行支援では、実際の作業や通所を通じて、どのような場面でつまずきやすいのかを確認し、支援者と一緒に対策を考えていきます。
就労移行支援事業所によって内容は異なりますが、多くの事業所では、生活面、作業面、就職活動、職場定着に関する支援を行っています。パソコン訓練、事務作業、軽作業、グループワーク、コミュニケーション練習、履歴書・職務経歴書の作成、面接練習、企業実習などが行われることがあります。
また、精神疾患や発達障害のある方にとっては、単にスキルを身につけるだけでなく、自分の状態を説明する力も重要です。職場にどこまで病気や障害を伝えるのか、どのような配慮を希望するのか、苦手なことをどのように補うのかを整理しておくことで、就職後のミスマッチを減らしやすくなります。
生活面の支援
起床時間、睡眠、服薬、食事、通所リズム、疲労のサインなどを整理し、働くための土台を整えます。
作業面の支援
パソコン、事務作業、軽作業、報告・連絡・相談、集中力の維持など、仕事に近い場面で練習します。
就職活動の支援
履歴書、職務経歴書、面接練習、求人選び、職場実習、障害者雇用の検討などを行います。
定着に向けた支援
就職後に困りごとが生じた時、本人、職場、支援機関が連携し、働き続けるための調整を行います。
就労移行支援では、「どの仕事に応募するか」だけでなく、「どのような条件なら働き続けられるか」を考えることが大切です。勤務時間、通勤距離、仕事内容、職場の人間関係、指示の出され方、休憩の取りやすさ、在宅勤務の可否、障害への理解など、働きやすさに関わる要素は多くあります。
就労移行支援を利用するには、一般的には自治体への申請が必要です。まずは、住んでいる市区町村の障害福祉担当窓口、相談支援事業所、主治医、通院先の医療機関、ハローワーク、地域障害者職業センターなどに相談します。その後、事業所の見学や体験利用を行い、自分に合いそうか確認します。
利用には、障害者手帳が必要と思われがちですが、必ずしも手帳だけで判断されるわけではありません。医師の診断書や意見書などにより、障害福祉サービスの対象となる場合があります。ただし、必要書類や判断は自治体によって異なるため、実際の利用にあたっては自治体窓口で確認が必要です。
📌 一般的な利用の流れ
就労移行支援の利用期間は、標準的には2年間とされています。就職に向けた準備期間として、生活リズムや作業能力、職場実習、就職活動を段階的に進めていきます。状況によっては延長が認められる場合もありますが、自治体の判断が必要です。そのため、利用を始める時点で「2年間をどう使うか」を意識することも大切です。
就労に関する障害福祉サービスには、就労移行支援のほかに、就労継続支援A型や就労継続支援B型があります。名前が似ているため混同されやすいですが、目的が異なります。
就労移行支援は、一般企業などへの就職を目指すための訓練・準備の場です。一方、就労継続支援A型・B型は、一般企業での就労がすぐには難しい方に対して、働く機会や生産活動の場を提供するサービスです。A型は雇用契約を結ぶ形が基本で、B型は雇用契約を結ばず、本人の体調や能力に応じた作業を行う形です。
就労移行支援
一般就労を目指すために、訓練、自己理解、職場実習、就職活動、定着支援を行うサービスです。
就労継続支援A型
一般就労がすぐには難しい方が、雇用契約を結び、支援を受けながら働くサービスです。
就労継続支援B型
雇用契約を結ばず、体調やペースに合わせて作業を行うサービスです。就労への第一歩として利用されることもあります。
どのサービスが合っているかは、本人の体調、生活リズム、作業能力、就労経験、希望する働き方によって異なります。「一般就労を目指すべきか」「まずは作業習慣をつけるべきか」「障害者雇用を考えるべきか」などは、一人で決めようとすると迷いやすい部分です。主治医や支援機関と相談しながら整理していくことが大切です。
精神科・心療内科に通院しながら就労移行支援を利用する場合、医療機関との連携は重要です。就労移行支援事業所では、日中の通所状況、作業への取り組み、疲労の出方、対人関係の様子などを把握しやすい一方で、診断や薬物療法、症状の医学的評価は医療機関が担います。それぞれの役割が異なるため、必要に応じて情報を共有することで、より現実的な支援につながります。
たとえば、通所日数を急に増やしたことで不眠が悪化した、面接練習が続いて不安が高まった、就職が近づくにつれて焦りが強くなった、といった場合には、主治医と相談しながらペースを調整することがあります。反対に、体調が安定し、通所も継続でき、作業にも慣れてきた場合には、就職活動を進めるタイミングを検討することがあります。
🏥 医療機関で相談できること
現在の症状、睡眠、服薬、疲労感、就労に向けた体調面の不安、診断書や意見書の必要性、復職や就職のタイミングなどについて相談できます。就労移行支援の利用を考えている場合も、通院先で相談してみることができます。
また、障害者雇用を検討する場合には、自分の病気や特性をどこまで職場に伝えるかという問題があります。すべてを詳しく伝える必要があるとは限りませんが、働く上で必要な配慮を整理しておくことは重要です。たとえば、「口頭指示だけでなくメモでも指示があると理解しやすい」「静かな環境の方が集中しやすい」「急な予定変更がある時は早めに伝えてほしい」など、具体的な形にすることで職場側も対応しやすくなります。
働くことに不安がある方の中には、「早く社会復帰しないといけない」「空白期間が長くなると不利になる」「家族に迷惑をかけている」と感じて、焦って就職活動を始める方もいます。もちろん、働くことを目指す気持ちは大切です。しかし、こころと体の準備が整わないまま就職すると、通勤や職場環境の変化だけで大きな負担になることがあります。
特に、過去に職場で強いストレスを受けた経験がある方は、似たような場面に直面した時に、不安、緊張、動悸、涙が出る、頭が真っ白になる、眠れないなどの反応が出ることがあります。このような反応は、本人の意志が弱いからではありません。過去の経験や症状、ストレス反応が関係していることがあります。
🌱 就職前に確認したいこと
就労移行支援は、こうした確認を実際の通所や作業を通じて行える点に意味があります。頭の中で「働けるかどうか」を考えているだけでは分からないことも、実際に通ってみることで見えてくることがあります。週2日なら安定して通えるのか、午前中だけなら集中できるのか、人が多い環境だと疲れやすいのか、パソコン作業なら続けやすいのか、軽作業の方が合うのか。そうした具体的な情報が、職場選びに役立ちます。
就労移行支援を利用する方の中には、障害者雇用で働くか、一般雇用で働くかを迷う方もいます。障害者雇用では、障害や病気について職場に一定程度伝えたうえで、必要な配慮を受けながら働くことを目指します。一方、一般雇用では、病気や障害を職場に伝えずに働くこともあります。
どちらが正解というわけではありません。大切なのは、自分の体調や特性、希望する働き方に合っているかどうかです。病気や障害を伝えることで安心して働ける方もいれば、伝える範囲を最小限にしたい方もいます。また、障害者雇用であっても、職場によって理解や配慮の内容は異なります。一般雇用であっても、仕事内容や職場環境が合えば安定して働ける方もいます。
障害者雇用を検討する場合
必要な配慮を相談しやすい一方で、伝える内容や範囲を整理しておくことが大切です。
一般雇用を検討する場合
病気や障害を伝えずに働く選択もありますが、体調管理や業務量の調整を自分で抱え込みすぎない工夫が必要です。
就労移行支援では、障害者雇用と一般雇用の違いを整理しながら、本人に合った選択を考えることができます。職場実習を通じて、実際の業務や職場環境を体験できる場合もあります。実習は、本人にとっても企業にとっても、ミスマッチを減らす機会になります。
就職はゴールではなく、新しい生活の始まりです。就職が決まった直後は緊張感もあり、頑張りすぎてしまう方が少なくありません。最初は問題なく働けていても、数週間から数か月たつと疲労が蓄積し、睡眠が乱れたり、不安が強くなったり、欠勤が増えたりすることがあります。
そのため、就労移行支援では、就職後の職場定着も大切にされます。本人が困りごとを抱え込まないように、必要に応じて事業所や職場、医療機関などが連携し、働き続けるための調整を行います。たとえば、業務量が多すぎる、指示があいまいで混乱する、職場で相談しづらい、休憩が取りにくい、通勤で疲れすぎるなどの問題があれば、早めに相談することが重要です。
✅ 就職後に注意したいサイン
働き始めると、「せっかく就職できたのだから迷惑をかけてはいけない」と考えて、無理を重ねてしまうことがあります。しかし、長く働くためには、早めに相談することも大切な力です。困りごとを小さいうちに共有できれば、勤務時間、業務内容、指示の出し方、休憩の取り方などを調整できる場合があります。
就労移行支援事業所には、それぞれ特徴があります。事務職に強い事業所、ITやプログラミングに力を入れている事業所、発達障害の支援に詳しい事業所、精神疾患のある方の支援経験が多い事業所、企業実習や就職後のフォローに力を入れている事業所などがあります。
事業所を選ぶ時には、就職実績だけで判断するのではなく、自分に合った支援が受けられるかを確認することが大切です。雰囲気が合わない、通所するだけで疲れすぎる、スタッフに相談しにくい、プログラムが自分の課題に合っていない場合、継続が難しくなることがあります。
🔎 見学時に確認したいこと
見学や体験利用をした時には、「ここなら続けられそうか」という感覚も大切です。就労移行支援は、一定期間通う場所です。そのため、プログラム内容だけでなく、スタッフとの相性、利用者同士の距離感、相談しやすさ、疲れにくさも重要になります。
就労移行支援の利用を考えた時には、主治医に相談しておくと安心です。現在の病状、就労に向けた体力、通所の負担、服薬状況、睡眠状態、再発リスクなどを踏まえて、利用のタイミングを検討できます。特に、休職中の方や、症状がまだ不安定な方は、就労移行支援の利用が治療方針と合っているか確認することが大切です。
また、自治体への申請や事業所利用の際に、医師の診断書や意見書が必要になる場合があります。必要な書類は自治体や利用状況によって異なるため、事前に確認しましょう。主治医には、「就労移行支援の利用を検討している」「どの程度の通所から始めるのがよいか」「就労に向けて注意する点はあるか」などを相談できます。
💬 相談の例
「働きたい気持ちはあるが不安が強い」「退職後のブランクがあり、すぐに就職活動する自信がない」「障害者雇用を検討している」「自分に合う働き方を整理したい」など、具体的に困っていることを伝えると相談しやすくなります。
医療機関は、就職先を決める場所ではありません。しかし、病状や生活リズム、服薬、再発予防の観点から、就労に向けた準備を一緒に考えることができます。就労移行支援、ハローワーク、相談支援事業所、医療機関がそれぞれの役割を持ちながら連携することで、本人に合った働き方を探しやすくなります。
就労移行支援は、障害や病気のある方が、一般就労を目指して準備をするための支援です。働くことに不安がある時、必要なのは「気合い」だけではありません。生活リズムを整えること、自分の特性を理解すること、疲れやすさに気づくこと、職場で必要な配慮を整理すること、無理のない働き方を考えることが大切です。
精神疾患や発達障害がある方にとって、就職活動は大きな負担になることがあります。だからこそ、いきなり一人で就職を目指すのではなく、支援を受けながら段階的に準備することが役立つ場合があります。就労移行支援は、働くためのスキルだけでなく、働き続けるための土台を整える場所でもあります。
📌 大切なこと
「働けるか、働けないか」を一人で決める必要はありません。体調、生活リズム、得意・不得意、職場環境との相性を整理しながら、自分に合った働き方を考えていくことが大切です。就労移行支援は、そのための選択肢の一つです。
就労に向けて不安がある方、休職や退職後の再スタートに悩んでいる方、発達特性や精神症状のために働き方を見直したい方は、主治医や地域の相談窓口に相談してみてください。焦らず準備を進めることで、自分に合った働き方を見つけやすくなることがあります。
参考文献
厚生労働省:障害者総合支援法における就労系障害福祉サービス
厚生労働省:福祉・介護 障害者の就労支援対策の状況
厚生労働省:就労移行支援に関する資料