心のクリニック
院長ブログ
■神田橋処方

「昔の嫌な出来事が突然よみがえってくる」「仕事で強く叱責された場面を何度も思い出してしまう」「忘れたいのに、頭の中にその時の光景が繰り返し浮かんでくる」。

精神科・心療内科では、このようなフラッシュバック侵入的な記憶について相談を受けることがあります。

フラッシュバックは、PTSD(心的外傷後ストレス障害)でみられる代表的な症状の一つです。一方で、PTSDの診断基準を満たさなくても、過去のつらい経験や人間関係で傷ついた場面が、繰り返し頭に浮かんで苦しくなる方もいます。

このような症状に対して、日本の精神科臨床で知られている漢方薬の組み合わせの一つが、「神田橋処方(かんだばししょほう)」です。

一般に神田橋処方と呼ばれているのは、

桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)

四物湯(しもつとう)

という2種類の漢方薬を組み合わせる方法です。

精神科医の神田橋條治先生がPTSDやフラッシュバックに対する臨床経験を報告したことから、精神科領域で知られるようになりました。

ただし、最初に大切な点をお伝えすると、神田橋処方はPTSDの標準治療として確立された治療法ではありません

また、桂枝加芍薬湯や四物湯そのものが、「PTSD」や「フラッシュバック」を効能・効果として承認されているわけでもありません。

そのため、

「漢方だから気軽に試せる」

というものではなく、症状や体質、他の薬との組み合わせを確認したうえで、医師が必要性を判断することが大切です。

💡この記事のポイント
神田橋処方とは、一般に桂枝加芍薬湯+四物湯の組み合わせを指します。フラッシュバックなどに対して精神科臨床で用いられることがありますが、現在のところ標準治療と同程度の科学的根拠が確立した治療ではありません。症状に応じて、心理療法や抗うつ薬などを含めた治療全体の中で検討することが重要です。

1. 🌿 神田橋処方とは

神田橋処方は、特定の商品名ではありません。

精神科医の神田橋條治先生が、PTSDなどに伴うフラッシュバックに対して提唱した漢方薬の組み合わせを、一般に「神田橋処方」と呼んでいます。

基本となるのは、

  • 桂枝加芍薬湯
  • 四物湯

の併用です。

医療用漢方製剤では、製品によって番号が付けられていることがあり、ツムラ製剤の場合には、

ツムラ60番:桂枝加芍薬湯
ツムラ71番:四物湯

となります。

ただし、番号はメーカーによって異なるため、「60番と71番」という番号そのものが神田橋処方を意味するわけではありません。

神田橋先生は2007年に「PTSDの治療」という論文を発表しており、これをきっかけの一つとして精神科領域で広く知られるようになりました。

2. 🧠 フラッシュバックとは

「フラッシュバック」という言葉は日常生活でも使われるようになりましたが、精神医学的には少し整理して考える必要があります。

PTSDでは、過去の外傷的な出来事について、

  • 突然、その時の光景が浮かぶ
  • 夢の中で繰り返し体験する
  • その場面に戻ったような感覚になる
  • 関連する場所や音で強い恐怖が出る
  • 動悸、発汗、震えなどの身体反応が出る

といった再体験症状がみられることがあります。

特に、本当にその出来事がもう一度起きているように感じられる状態は、典型的なフラッシュバックと呼ばれます。

しかし臨床では、必ずしも典型的なPTSDだけではありません。

「職場で上司から怒鳴られた場面が何度も浮かぶ」

「学校でいじめられていた時のことが突然よみがえる」

「別れた相手から言われた言葉を何度も思い出す」

「失敗した場面が頭から離れない」

といった訴えもあります。

こうした状態すべてがPTSDというわけではありませんが、本人にとっては非常につらく、不安、抑うつ、不眠、回避行動につながることがあります。

3. 💭 「嫌なことを思い出す」=PTSDではありません

ここは非常に重要です。

嫌な記憶が繰り返し浮かぶからといって、すべてがPTSDになるわけではありません。

PTSDは、単に「嫌な経験をした」というだけで診断される病気ではありません。

生命や身体の安全を大きく脅かす出来事など、一定の条件を満たす外傷体験があり、その後、

  • 侵入症状・再体験
  • 関連するものの回避
  • 認知や気分の変化
  • 過覚醒

などが一定期間持続し、生活に支障をきたしているかを含めて診断します。

一方で、PTSDの診断基準には該当しなくても、

適応障害うつ病不安症対人関係のストレスなどに伴い、過去の嫌な出来事を繰り返し思い出してしまうことがあります。

そのため、「フラッシュバックがあるから神田橋処方」という単純な考え方ではなく、

なぜその記憶が繰り返し浮かんでいるのか

を診察の中で整理することが大切です。

4. 🌱 桂枝加芍薬湯とは

桂枝加芍薬湯は、本来は精神科専用の漢方薬ではありません。

医療用の桂枝加芍薬湯の添付文書では、主に腹部膨満感を伴うしぶり腹や腹痛などに用いられる漢方薬とされています。

代表的な構成生薬には、

  • 芍薬
  • 桂皮
  • 大棗
  • 甘草
  • 生姜

があります。

漢方医学では腹部の緊張や痛みなどに用いられてきた処方であり、神田橋処方では、四物湯と組み合わせてフラッシュバックなどに使用されることがあります。

ただし、桂枝加芍薬湯の添付文書上の効能・効果には、PTSDやフラッシュバックという記載はありません

この点は、神田橋処方を理解するうえで非常に重要です。

5. 🌸 四物湯とは

四物湯も、もともとは精神科疾患を目的に作られた漢方薬ではありません。

代表的な構成生薬は、

  • 地黄
  • 芍薬
  • 川芎
  • 当帰

の4種類です。

医療用四物湯の添付文書では、皮膚の乾燥や色つやの悪さなどがあり、胃腸障害のない方の、

月経不順、冷え症、しもやけ、血の道症などが効能・効果として挙げられています。

こちらも、PTSDやフラッシュバックは添付文書上の効能・効果には含まれていません。

したがって、神田橋処方は、

既存の2つの漢方薬を精神科臨床で組み合わせて使用する方法

と理解すると分かりやすいでしょう。

6. 🔬 神田橋処方に科学的根拠はあるのか

患者さんからよく聞かれるのが、

「本当に効くのですか?」

という質問です。

神田橋処方については、神田橋先生による臨床報告のほか、症例報告や臨床研究が報告されています。

2011年には、山村淳一先生、野村和代先生、杉山登志郎先生らによって、子どもの虐待に伴うPTSDを対象とした桂枝加芍薬湯・四物湯の二重盲検プラセボ対照クロスオーバー試験も報告されています。

また、その後もフラッシュバックに対する症例報告や研究発表が続いています。

さらに近年では、神田橋処方の作用機序について、分子薬理学的・基礎医学的に解明しようとする研究も報告されています。

一方で、ここで注意が必要です。

⚠️ 現時点での位置づけ
神田橋処方について研究報告は存在しますが、数百人・数千人規模の大規模臨床試験が多数行われ、国際的なPTSD治療ガイドラインで標準治療として推奨されるほどのエビデンスが確立しているわけではありません。

つまり、

「まったく根拠のない治療」

と表現するのも適切ではありませんが、

「効果が十分に証明された標準治療」

と表現するのも適切ではありません。

現時点では、臨床経験や限定的な研究結果をもとに選択される治療法の一つと考えるのが妥当でしょう。

7. 🏥 PTSDの標準的な治療とは

神田橋処方を検討する場合も、まずPTSDそのものの標準的な治療を理解しておくことが大切です。

PTSDでは、国際的な診療ガイドラインなどで、トラウマに焦点を当てた心理療法が重要な治療として位置づけられています。

代表的なものには、

  • トラウマ・フォーカスト認知行動療法
  • 持続エクスポージャー療法
  • 認知処理療法
  • EMDR

などがあります。

薬物療法としては、症状や状態に応じてSSRIなどの抗うつ薬が検討されます。

日本では、パロキセチンにはPTSDの効能・効果が認められています。

したがって、

「PTSDなら漢方だけ飲めばよい」

という考え方ではありません。

心理療法、薬物療法、睡眠への対応、不安や抑うつへの対応、生活環境の調整などを組み合わせながら、治療を考える必要があります。

8. 🧩 「記憶を消す薬」ではありません

神田橋処方について、

「嫌な記憶を消してくれる薬ですか?」

と考える方もいるかもしれません。

しかし、神田橋処方は記憶そのものを消去する薬ではありません。

人間の記憶は、薬を飲んだからといって簡単に消えるものではありません。

治療の目的は、

  • 思い出す回数が減る
  • 思い出した時の苦痛が軽くなる
  • 記憶に振り回される時間が減る
  • 睡眠や日常生活への影響が軽くなる

といった状態を目指すことです。

これは心理療法でも同様です。

「嫌な出来事を完全に忘れる」ことだけが回復ではありません。

過去の出来事を思い出したとしても、

「これは過去の記憶であって、今起きていることではない」

と脳が整理できるようになることが、回復の一つの方向性になります。

9. ⚠️ 漢方薬にも副作用があります

「漢方薬は自然のものだから副作用がない」

と思われている方もいますが、これは正しくありません。

漢方薬も薬です。

当然、副作用や薬同士の相互作用があります。

特に神田橋処方で使用される桂枝加芍薬湯には、甘草(カンゾウ)が含まれています。

甘草を含む漢方薬で注意する副作用の一つが、

偽アルドステロン症

です。

症状として、

  • 血圧が上がる
  • むくむ
  • 体重が増える
  • 血液中のカリウムが低下する
  • 筋力が低下する
  • 手足がつる・力が入りにくい

などがみられることがあります。

特に、他にも甘草を含む漢方薬を飲んでいる場合には注意が必要です。

たとえば、

芍薬甘草湯、抑肝散、補中益気湯

などにも甘草が含まれています。

複数の医療機関から漢方薬を処方されていたり、市販の漢方薬を追加していたりすると、知らないうちに甘草の摂取量が増えることがあります。

そのため、漢方薬を処方してもらう際には、

現在飲んでいる漢方薬や市販薬も医師・薬剤師に伝える

ことが大切です。

10. 🍵 四物湯では胃腸症状にも注意

四物湯については、胃腸が弱い方では注意が必要です。

添付文書でも、著しく胃腸が虚弱な方では、

  • 食欲不振
  • 胃部不快感
  • 悪心
  • 嘔吐
  • 下痢

などが現れることがあるとされています。

漢方では「体質に合うか」という考え方も大切です。

漢方だから誰にでも同じように使えるわけではありません。

飲み始めてから胃もたれや食欲低下、下痢などが続く場合には、自己判断で我慢して飲み続けるのではなく、処方した医師に相談してください。

11. 💊 市販薬で自分で「神田橋処方」を作ってよい?

桂枝加芍薬湯や四物湯は、市販されていることもあります。

そのため、

「ネットで神田橋処方を知ったので、自分で2種類買って飲んでもよいですか?」

という疑問が出てくるかもしれません。

しかし、自己判断での併用はおすすめできません。

理由として、

  • 本当にフラッシュバックなのか診断が必要
  • PTSD以外の病気が隠れていることがある
  • 他の漢方薬との生薬の重複が起こる
  • 甘草による副作用のリスクがある
  • 胃腸の弱い方には合わない場合がある
  • 妊娠・授乳中などでは個別の判断が必要

などがあります。

「漢方薬だから安全」という理由で、処方中の薬を自己判断で中止して置き換えることも避けてください。

12. 🧠 反すう思考との違い

嫌な出来事が何度も頭に浮かぶ症状の中には、フラッシュバックだけでなく、反すう思考もあります。

反すう思考とは、

「どうしてあんなことをしてしまったのだろう」

「もっと違う言い方をすればよかった」

「あの人は自分のことをどう思っているのだろう」

「また同じ失敗をするのではないか」

など、一つの出来事について頭の中で何度も考え続けてしまう状態です。

フラッシュバックは比較的突然、記憶が侵入してくる感じが強いのに対し、反すう思考は自分の考えがぐるぐる回り続けるという違いがあります。

もちろん、実際には両方が同時に存在することもあります。

反すう思考が中心の場合には、認知行動療法やマインドフルネスなど、

「考えないようにする」のではなく、「浮かんできた考えとの距離を取る」

方法が役立つ場合があります。

症状を適切に分類することは、治療を考えるうえでも重要です。

13. 🚨 フラッシュバックが強い時に起こりやすいこと

フラッシュバックが頻繁に起こると、本人は非常に疲弊します。

その結果、

  • 眠れない
  • 悪夢が増える
  • 常に警戒してしまう
  • 些細な音に驚く
  • イライラする
  • 集中できない
  • 人に会うのを避ける
  • 仕事や学校に行けなくなる

といった状態になることがあります。

また、トラウマを思い出さないようにしようとして、

場所、人、会話、テレビ、ニュース、SNSなどを避け続ける

ようになることもあります。

一時的には楽になりますが、回避が長期間続くことで生活範囲が狭くなってしまう場合があります。

そのため、治療では単にフラッシュバックの回数だけを見るのではなく、

睡眠、仕事、学校、人間関係、外出など、生活全体への影響

を確認することが重要です。

14. 🩺 神田橋処方を検討する時に大切なこと

実際の診療では、

「神田橋処方を出すか、出さないか」

だけで治療が決まるわけではありません。

まず確認するのは、

  • どのような記憶が浮かぶのか
  • どの程度の頻度なのか
  • どのようなきっかけで起こるのか
  • PTSDの診断基準を満たしているのか
  • 不安や抑うつを伴っているのか
  • 不眠や悪夢があるのか
  • 仕事・学校・家庭生活にどの程度影響しているのか
  • 現在飲んでいる薬は何か
  • 他の漢方薬を使用していないか

といった点です。

そのうえで、

心理療法を中心にするのか

抗うつ薬などを使用するのか

睡眠を先に整えるのか

神田橋処方を含む漢方治療を検討するのか

を考えていきます。

精神科治療では、診断名だけでなく、その方が今、何に一番困っているのかを見ることが大切です。

15. ❓ よくある質問

Q. 神田橋処方はPTSDの薬ですか?

一般にフラッシュバックなどに対して用いられることがありますが、桂枝加芍薬湯・四物湯の添付文書上、PTSDは効能・効果として記載されていません。PTSDの標準治療とは分けて考える必要があります。

Q. どのような薬を組み合わせますか?

基本的には桂枝加芍薬湯+四物湯の組み合わせを神田橋処方と呼びます。

Q. 漢方なので副作用はありませんか?

副作用はあります。特に桂枝加芍薬湯には甘草が含まれるため、偽アルドステロン症、低カリウム血症、浮腫、血圧上昇、筋力低下などに注意が必要です。

Q. 嫌なことを思い出すなら飲んだ方がよいですか?

必ずしもそうではありません。反すう思考、不安、うつ病、適応障害など、別の状態でも嫌な出来事を繰り返し考えることがあります。まず症状を整理することが重要です。

Q. 市販の桂枝加芍薬湯と四物湯を一緒に飲んでもいいですか?

自己判断での併用はおすすめできません。他の漢方薬との生薬の重複や副作用などもあるため、医師または薬剤師に相談してください。

16. 🌿 まとめ

神田橋処方とは、精神科医の神田橋條治先生がPTSDやフラッシュバックに対する治療として報告した漢方薬の組み合わせで、一般には、

桂枝加芍薬湯

四物湯

を指します。

日本の精神科臨床では知られている処方であり、フラッシュバックなどに対する研究や症例報告もあります。

一方で、現時点では大規模な研究の蓄積は限られており、PTSDの標準治療として確立された治療法ではありません

また、桂枝加芍薬湯・四物湯そのものについても、添付文書上、PTSDやフラッシュバックは効能・効果として記載されていません。

PTSDやフラッシュバックの治療では、

  • 症状を正しく整理する
  • PTSDに該当するか確認する
  • 心理療法を検討する
  • 必要に応じて抗うつ薬などを検討する
  • 不眠や不安などの周辺症状にも対応する
  • 症状や体質に応じて漢方薬を検討する

というように、治療全体を考えることが重要です。

「昔の嫌なことを何度も思い出してしまう」

「突然その時の場面が浮かんで苦しくなる」

「眠ろうとすると過去の出来事を思い出してしまう」

「嫌な記憶のために仕事や学校、人間関係に影響が出ている」

といった状態が続いている場合には、一人で抱え込まず、精神科・心療内科で相談することも選択肢の一つです。

🌱 大切なポイント
治療の目的は、「嫌な記憶を完全に消す」ことではありません。過去の記憶に日常生活を支配される時間を減らし、現在の生活を取り戻していくことが大切です。

📚 参考文献・資料

  1. 神田橋條治.PTSDの治療.臨床精神医学.2007;36:417-433.
  2. 山村淳一,野村和代,杉山登志郎.子ども虐待に伴うPTSD薬物療法における漢方薬の有効性に関する研究―桂枝加芍薬湯・四物湯に関する二重盲検プラセボ対照クロスオーバー試験―.明治安田こころの健康財団研究助成論文集.2011;47:75-81.
  3. 棟近孝之,鈴木太.統合失調症患者のフラッシュバックに桂枝加芍薬湯と四物湯が有効であった一例.精神科治療学.2015;30:1117-1123.
  4. 原田誠一.不安・抑うつ発作と複雑性PTSDの関連についての私見―両者の本質的な共通点~重なりと双方の臨床研究が交流する必要性・有効性について―.不安症研究.2019;11:47-51.
  5. 独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA).ツムラ桂枝加芍薬湯エキス顆粒(医療用)添付文書.
  6. 独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA).ツムラ四物湯エキス顆粒(医療用)添付文書.
  7. 独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA).パロキセチン塩酸塩製剤 添付文書.
  8. National Institute for Health and Care Excellence(NICE).Post-traumatic stress disorder. NICE guideline NG116.

※本記事は一般的な医学情報の提供を目的としたものであり、特定の治療を推奨するものではありません。実際の診断・治療・処方については、症状、年齢、既往歴、併用薬、体質などによって異なります。服薬中の薬を自己判断で中止・変更したり、市販薬を追加したりせず、医師または薬剤師にご相談ください。