



令和8年版の障害者白書では、身体障害者は423万人、知的障害者は126万8千人、精神障害者は603万人とされています。重複を含む単純合計では、約1,153万人です。これは、国民のおよそ9.3%、ざっくり言えば11人に1人にあたります。
職場に33人いれば、計算上は3人。満員電車の同じ車両にも、何人もの障害のある方が乗っている可能性があります。けれども、今日一日を思い返してみて、「障害のある人に会った」とはっきり思い出せる方は、あまり多くないかもしれません。
それは、出会っていないからではありません。多くの場合、気づいていないだけです。
そしてもう一つ大切なのは、私たちの社会そのものが、障害のある人とない人が自然に出会う機会を、知らず知らずのうちに減らしてきたということです。学校で分かれ、働く場所で分かれ、暮らす場所で分かれ、さらに本人が「言わない方が安全」と感じれば、障害はますます見えなくなります。
💡この記事のポイント
障害は、必ずしも外見から分かるものではありません。特に精神障害、発達障害、内部障害などは、見た目だけでは分かりにくいことが多くあります。大切なのは、「いない」と決めつけることではなく、見えていない可能性に気づくことです。
障害者白書の3区分で最も多いのは、身体障害でも知的障害でもなく、精神障害です。令和8年版障害者白書では、精神障害者は603万人とされています。
ここでいう精神障害には、うつ病、統合失調症、不安障害、発達障害、双極症、てんかんなど、さまざまな状態が含まれます。ただし、白書でも注意されているように、精神障害者数は医療機関を利用した精神疾患のある患者数に基づくため、すべての方が常に日常生活や社会生活に大きな制限を受けているという意味ではありません。
それでも、この数字が示しているのは、精神疾患やメンタルヘルスの問題が決して珍しいものではないという現実です。
✅ 見た目だけでは分かりにくい障害の例
一方で、身体障害と聞くと、車椅子や白杖を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、身体障害のある方のすべてが、見た目で分かる状態とは限りません。白書では、在宅の身体障害者のうち65歳以上が71.2%を占めるとされています。心臓や腎臓などの内部障害もあり、外からは分かりにくいことがあります。
つまり、街ですれ違っても、私たちはその人を「障害のある人」とは認識せず、単に「高齢の方」「疲れている人」「普通に歩いている人」と見ているかもしれません。
ここに、社会の大きな認識のずれがあります。多くの人がイメージする「障害者像」は、車椅子、白杖、介助者がいる人など、見て分かる障害に偏りがちです。しかし実際には、障害の多くは見た目だけでは分かりません。
🔍 大切な視点
「障害のある人を見かけない」のではなく、障害が見えない形で存在していることがあります。見えないから存在しない、困っていない、配慮がいらない、ということにはなりません。
精神障害や発達障害は、外から分かりにくいからこそ、誤解されやすい面があります。
たとえば、うつ病の方が出勤していると、「来られているなら大丈夫なのでは」と思われることがあります。不安障害の方が人前で笑っていると、「そんなに困っているように見えない」と受け止められることがあります。発達障害の方が一部の仕事を高い水準でこなしていると、「できることがあるのだから、他のことも努力すればできるはず」と誤解されることがあります。
しかし、精神科臨床の現場では、外から見える状態と、本人の内側で起きていることが大きく違うことは珍しくありません。
✅ 外から見えにくい困りごと
見えない障害の難しさは、本人が困っていても、周囲からは「普通に見える」ことです。普通に見えるから、配慮を求めにくい。普通に見えるから、限界まで我慢してしまう。普通に見えるから、調子を崩した時に「急に悪くなった」と思われてしまう。
けれども実際には、急に悪くなったのではなく、見えないところで無理が積み重なっていたということが少なくありません。
これは、精神障害を「気の持ちよう」と考える社会では、さらに深刻になります。本人は「自分の努力が足りないのではないか」と感じ、周囲も「もう少し頑張れるのではないか」と思ってしまうからです。
しかし、精神疾患や発達特性による困難は、単なる甘えや性格の問題ではありません。もちろん、すべてを病気や障害のせいにする必要はありません。ただ、本人の努力だけでは調整できない部分があるからこそ、医療、福祉、職場の配慮、周囲の理解が必要になるのです。
障害のある人とない人が出会いにくくなる背景には、教育の仕組みもあります。
文部科学省の資料では、直近10年間で義務教育段階の児童生徒数は、約1,040万人から約952万人へ減少しています。一方で、特別支援教育を受ける児童生徒数は、約30.2万人から約59.9万人へ増加しています。特別支援学級の在籍者数は約2.1倍、通級による指導の利用者数は約2.3倍です。
子どもの数は減っているのに、特別支援教育を受ける子どもは増えています。このこと自体は、必ずしも悪いことではありません。以前なら見過ごされていた困難に名前がつき、支援につながるようになった面もあります。
特別支援学級や通級が合う子もいます。少人数で落ち着いて学べる環境が、その子の安心や成長につながることもあります。本人や家庭が、その子に合った学びの場を選ぶことは尊重されるべきです。
一方で、社会全体として見ると、同じ教室で一緒に過ごす経験が減っている可能性もあります。
📚 教室で起きていること
国連の障害者権利委員会は、2022年の日本に対する総括所見で、障害のある子どもが通常の学校で学ぶ機会や、インクルーシブ教育に関する課題を指摘しています。これは、特別支援教育をすべて否定するという単純な話ではありません。
大切なのは、支援を受けることと、社会から分けられ続けることを、同じものとして扱わないことです。
また、文部科学省の調査では、通常の学級に在籍する小中学生のうち、学習面または行動面で著しい困難を示すとされた児童生徒の割合は8.8%程度とされています。これは医師の診断ではなく、学級担任等の回答に基づく推定値です。
35人学級で考えれば、1クラスに3人ほどです。つまり、分けても分けても、実は同じ教室の中に困難を抱えた子どもはいます。ただ、診断名がついていなかったり、本人も周囲も気づいていなかったりするだけです。
子どもの頃に「いろいろな困り方をする人がいる」と自然に知る機会が少ないと、大人になってからも気づく力は育ちにくくなります。会ったことがないものには、気づけません。名前を知らない困難は、見過ごされます。
大人になると、今度は働く場所で分かれることがあります。
令和8年7月以降、民間企業の障害者の法定雇用率は2.7%に引き上げられます。障害者雇用は、制度として少しずつ拡大しています。白書でも、民間企業の雇用障害者数は22年連続で過去最高を更新したとされています。
これは大切な前進です。けれども、「雇用されていること」と、「あなたの隣の席で一緒に働いていること」は、同じではありません。
障害者雇用には、特例子会社、就労継続支援A型・B型、企業内の別部門、在宅勤務、短時間勤務など、さまざまな形があります。それぞれの仕組みには意味があります。本人の体調や特性に合う働き方を確保するために、必要な場もあります。
ただ、社会全体として見ると、働く場所が分かれることで、一般の職場にいる人が障害のある同僚と一緒に働く経験を持ちにくくなることがあります。
💡「雇用率」と「出会う経験」は別の話
数字の上では障害者雇用が増えていても、職場の中で自然に一緒に働く経験が増えているとは限りません。制度上はいるのに、日常の中では見えないということが起こり得ます。
職場で障害のある人と一緒に働いた経験がないと、配慮の仕方が分かりません。どこまで聞いていいのか、どこからが失礼なのか、何を調整すればよいのか、分からないままになります。
その結果、採用しても定着しない、配慮が形だけになる、本人が言い出せずに体調を崩す、周囲が「特別扱い」と受け止めてしまう、といったことが起こります。
障害者雇用で本当に大切なのは、単に人数を満たすことではありません。一緒に働き続けられる環境を作ることです。
障害が見えないもう一つの大きな理由は、本人が職場や周囲に伝えていないことです。
これは、「隠したいから隠している」と単純に言えるものではありません。多くの場合、伝えた先に不利益があるかもしれないと感じるから、言えないのです。
障害者職業総合センターの調査では、就職後1年時点の職場定着率について、障害者求人では70.4%、一般求人で障害を開示した場合は49.9%、一般求人で障害を非開示にした場合は30.8%とされています。
障害を伏せて一般求人で働く場合、1年後に職場に残っている人は約3割です。もちろん、すべての離職理由が障害非開示だけで説明できるわけではありません。しかし、非開示では支援制度や職場の配慮を使いにくく、結果として定着が難しくなりやすいことが示されています。
✅ 障害を伝えにくい理由
精神障害や発達障害では、特にこの迷いが大きくなります。見た目では分かりにくいため、伝えなければ「普通の人」として扱われます。しかし、普通の人として扱われることは、配慮なしで働くことでもあります。
通院のための休みを言い出せない。苦手な業務を相談できない。感覚過敏を説明できない。集中しやすい環境を求められない。限界が近づいても、助けを求められない。
その結果、本人は配慮ゼロの環境で消耗し、体調を崩し、退職や休職につながることがあります。
ここで大切なのは、障害を言わない本人を責めないことです。むしろ、責めるべきは、言わない方が安全だと思わせてしまう環境です。
もちろん、すべての人が障害を開示すべきだという話ではありません。開示するかどうかは、本人の自由です。職場の理解度、仕事内容、体調、支援者の有無、今後のキャリアなどによって、望ましい選択は変わります。
大切なのは、名乗ることを強制することではなく、名乗っても不利益を受けにくい環境を作ることです。そして同時に、名乗らない自由も守られる必要があります。
職場で合理的配慮という言葉が使われることがあります。合理的配慮とは、障害のある人が他の人と同じように参加できるよう、過重な負担にならない範囲で必要な調整を行うことです。
これは、甘やかしや特別扱いではありません。仕事の基準をなくすことでもありません。本人が力を発揮しやすいように、障壁を減らすことです。
✅ 職場で考えられる配慮の例
こうした配慮は、障害のある人だけのためではありません。業務の見える化、指示の明確化、静かな作業環境、相談しやすい雰囲気は、多くの人にとって働きやすさにつながります。
たとえば、発達障害のある方にとって分かりやすい指示は、新人にも分かりやすい指示です。不安障害のある方が相談しやすい職場は、誰にとっても早めに問題を共有しやすい職場です。うつ病から復職する方にとって無理のない段階的復帰は、長期休職後の人全般に役立つ仕組みです。
つまり、合理的配慮は一部の人だけのための特別な制度ではなく、働き方の余白を作る仕組みでもあります。
ただし、配慮には対話が必要です。本人が何に困っているのか、どの調整なら仕事が続きやすいのか、職場側にどこまで対応可能なのかを、丁寧にすり合わせる必要があります。
「何でも配慮してください」では職場も困ります。一方で、「みんな同じ条件だから我慢してください」では、本人が働き続けられなくなることがあります。大切なのは、双方が現実的な着地点を探すことです。
障害のある人に気づけない社会で損をしているのは、当事者だけではありません。企業も損をしています。
従業員100人を超える企業では、障害者法定雇用率を満たしていない場合、不足する障害者数に応じて、1人あたり月額5万円の障害者雇用納付金が必要になります。
しかし、本当のコストは納付金だけではありません。採用しても定着しないこと、休職や退職が続くこと、育てた人材が離れてしまうこと、採用と教育を何度も繰り返すことの方が、企業にとっては大きな損失です。
障害者求人で就職した場合の1年定着率が70.4%、一般求人で非開示の場合が30.8%という差は、単なる数字ではありません。そこには、本人の収入、企業の採用費、教育時間、現場の負担、チームの不安定さが含まれています。
💡企業に必要な問い
「障害者に配慮できますか」と聞く前に、障害のある人と一緒に働いた経験がありますかと問うことも大切です。配慮は知識だけでなく、実際の関わりの中で育ちます。
障害のある人と働いた経験がない職場では、配慮がマニュアル的になりやすくなります。逆に、一緒に働いた経験がある職場では、「この人にはこういう伝え方が合う」「この業務は得意」「ここは疲れやすい」と、具体的な理解が進みます。
配慮は、抽象的な善意だけでは続きません。現場の経験、仕組み、相談のしやすさが必要です。
そして、これは障害者雇用に限りません。メンタル不調で休職した人、育児や介護で時間制約のある人、体力に波がある人、強いストレスを抱えている人。誰にでも、働き方の調整が必要になる時期があります。
障害者雇用を「一部の人の問題」として扱うのではなく、誰もが働き続けるための職場づくりとして考えることが、結果的に企業の力になります。
では、私たちは何から始めればよいのでしょうか。
まず大切なのは、「障害のある人はどこか遠くにいる」という感覚を手放すことです。障害のある人は、学校にも、職場にも、電車にも、スーパーにも、病院にもいます。ただ、見えないことがあります。名乗っていないことがあります。名乗れない事情があることがあります。
次に、本人が困っているときに、「なぜできないのか」と責める前に、どこに障壁があるのかを考えることです。
✅ 視点を変える問い
障害を理解するとは、すべてを許すことではありません。本人に何も求めないことでもありません。大切なのは、できない理由を人格の問題にしすぎず、環境や仕組みの問題としても考えることです。
また、当事者側にも、できる範囲で自分の困りごとを言葉にすることが助けになる場合があります。たとえば、「不安があります」だけでは職場はどう対応してよいか分かりにくいかもしれません。しかし、「急な予定変更があると混乱しやすいので、可能であれば前日までに共有してほしい」と言えれば、具体的な調整につながりやすくなります。
もちろん、それを一人で整理するのは難しいことがあります。その場合は、医療機関、相談支援、就労支援機関、ハローワーク、産業医、職場の人事担当者など、第三者の支援を使うことが大切です。
精神科や心療内科では、症状の治療だけでなく、生活や仕事の困りごとについて相談することがあります。
たとえば、うつ病や不安障害で仕事が続かない、発達特性により職場で誤解されやすい、休職や復職について悩んでいる、障害者雇用に切り替えるか迷っている、職場に病気や障害を伝えるべきか悩んでいる、といった相談です。
✅ 医療機関で相談しやすい内容
ただし、医療機関が職場のすべてを変えられるわけではありません。診断書があれば必ず希望通りの配慮が受けられる、というものでもありません。職場側にも事情や限界があります。
それでも、本人の状態を整理し、「何が難しいのか」「何があれば続けやすいのか」を言葉にすることは、次の一歩につながります。
精神障害や発達障害がある方にとって、働くことは単に収入を得ることだけではありません。社会とのつながり、自分の役割、生活リズム、自己肯定感にも関わります。だからこそ、無理をして壊れるまで働くのではなく、続けられる形を一緒に考えることが大切です。
障害を開示することには、メリットもデメリットもあります。
開示すれば、配慮や支援につながりやすくなる可能性があります。通院、勤務時間、業務内容、職場環境などについて相談しやすくなることがあります。一方で、職場によっては偏見や誤解が生じる不安もあります。
非開示で働けば、最初は周囲に知られずに済むかもしれません。しかし、配慮を受けにくく、体調を崩した時に説明が難しくなることがあります。
だから、どちらが絶対に正しいとは言えません。大切なのは、本人が自分の状況に合わせて選べることです。
💡選べる社会とは
障害を名乗れる安全と、名乗らない自由。その両方があって、はじめて本人は選ぶことができます。開示を強制しないことと、開示しても不利益を受けにくい環境を作ることは、どちらも大切です。
今、障害や病気を伏せて働いている方に伝えたいことがあります。隠しているのは、あなたが弱いからではありません。名乗ることで損をするかもしれない環境の中で、自分を守るための選択をしているだけかもしれません。
だから、自分を責めすぎないでください。
一方で、配慮を受けながら働く道を探したくなったときには、一人で抱え込まなくて大丈夫です。医療機関、相談支援、就労支援機関、ハローワーク、職場の相談窓口など、使える仕組みがあります。
そして、周囲の方に伝えたいこともあります。今日もあなたは、何人もの障害のある人とすれ違っているかもしれません。その中には、名乗らないことを選んだ人も、名乗れなかった人も、そもそも自分の困りごとに名前がついていない人もいます。
障害のある人が見えない社会は、障害のある人だけに冷たい社会ではありません。弱った時、疲れた時、働き方を変えたい時、助けを求めたい時、誰にとっても生きづらい社会です。
だからこそ、私たちは「見えないものはない」と考えるのではなく、見えていないものがあるかもしれないという前提に立つ必要があります。
11人に1人という数字は、遠い誰かの話ではありません。職場の同僚、同級生、家族、友人、電車で隣に座った人、そして自分自身の話でもあります。
「会っていない」のではなく、気づいていないだけかもしれない。
その気づきから、少しずつ社会は変わっていきます。
🏥 受診や相談を考える目安
仕事や学校に行くことがつらい、周囲に説明できない困りごとがある、休職や復職について悩んでいる、障害者雇用や配慮について迷っている場合は、精神科・心療内科や相談支援機関に相談することも選択肢です。早めに整理することで、無理を重ねすぎる前に対策を考えやすくなります。