



「背が高いのは遺伝なのだろうか」「太りやすい体質は親から受け継ぐのだろうか」「子どものIQは両親で決まるのだろうか」。このような疑問を持ったことがある方は少なくありません。
遺伝という言葉を聞くと、血液型のように、親から子へそのまま受け継がれるものを想像しやすいかもしれません。しかし、人間の身長、体重、知能、性格、感情の扱い方などは、ほとんどの場合、一つの遺伝子だけで決まるものではありません。
非常に多くの遺伝的要因が少しずつ関係し、そこに栄養、教育、睡眠、家庭環境、人間関係、運動、病気、ストレス、社会環境などが重なって、現在の姿がつくられていきます。
第1回の「精神科と遺伝」では、精神疾患について、遺伝するのは病名そのものではなく、発症しやすさの一部であることを説明しました。
今回はその続きとして、精神疾患そのものではなく、身長、体重、IQ、EQ、性格、体内時計などの身近な個人差に目を向けながら、遺伝はどこまで人を決めるのかを考えていきます。
💡この記事のポイント
身長、体重、IQ、EQ、性格などには、いずれも一定の遺伝的影響があります。しかし、遺伝率が高いことと、変えられないことは同じではありません。遺伝は人生の完成図ではなく、さまざまな可能性や傾向に関係する要素の一つです。
双生児研究を用いた大規模なメタ解析では、過去に研究された1万7,804種類の人間の特徴について、遺伝的影響が検討されています。この解析には2,748件の研究が含まれ、対象となった双生児の組み合わせは延べ約1,455万組に及びました。
その結果、研究対象となったさまざまな特徴の遺伝率は、全体の平均でおよそ49%でした。[1]
この数字だけを見ると、「人間は半分が遺伝で、半分が環境でできている」と感じるかもしれません。しかし、これは正確な理解ではありません。
遺伝率とは、ある集団の中にみられる個人差のうち、遺伝的な違いと統計的に関連している割合です。
たとえば、身長の遺伝率が80%だったとしても、「ある人の身長170cmのうち、136cmが遺伝で、残りの34cmが環境」という意味ではありません。
また、遺伝率は、その時代、その地域、その集団の環境によって変わります。
✅ 遺伝率について覚えておきたいこと
遺伝率は、人を分類したり、将来を断定したりする数字ではありません。あくまでも、集団内の個人差を研究するための統計的な指標です。
身長は、遺伝的影響が比較的大きい特徴の代表です。十分な栄養や医療が確保された集団では、成人身長の遺伝率はおよそ80%前後と推定されることがあります。[2]
両親の背が高ければ、子どもも比較的高くなる傾向があります。しかし、身長を決める「背の高さの遺伝子」が一つだけ存在するわけではありません。
近年の大規模なゲノム研究では、身長に関連する1万を超える遺伝的変異が報告されています。[3]
一つひとつの遺伝的変異が持つ影響はごく小さく、多数の変異が積み重なって、身長の傾向に関係しています。このような特徴は、多遺伝子形質と呼ばれます。
身長の遺伝率が高かったとしても、深刻な栄養不足や病気があれば、遺伝的に想定される身長まで成長できないことがあります。反対に、栄養状態や医療環境が改善すると、集団全体の平均身長が伸びることもあります。
つまり、遺伝は「何cmになるか」を正確に指定しているのではなく、一定の環境の中で、どのあたりの身長になりやすいかという幅に関係していると考える方が適切です。
また、遺伝子から身長を予測する研究も進んでいますが、その予測精度は祖先集団によって異なります。ある集団を中心に作られた予測モデルを、別の遺伝的背景を持つ人にそのまま当てはめると、精度が低下することがあります。
体重は食事や運動で変化するため、「体重は生活習慣だけで決まる」と考えられがちです。しかし、体重やBMIにも、比較的大きな遺伝的影響があることが分かっています。
フィンランドの双生児を思春期から成人期まで追跡した研究では、BMIの遺伝率は、年齢や性別によっておよそ72~85%と推定されました。[4]
✅ 体重に関係する可能性がある特徴
同じ量を食べても、体重の変化には個人差があります。また、ある人にとって無理なく続けられる食事制限が、別の人には非常に強い空腹やストレスを引き起こすこともあります。この違いをすべて「意志の強さ」で説明することはできません。
太りやすさに遺伝的な個人差があることを知ることは、本人を責めないために重要です。
ただし、遺伝率が高いからといって、「何をしても体重は変わらない」という意味でもありません。体重は、食事、運動、睡眠、加齢、服薬、病気、ストレスなどによって変化します。
体重に影響する医学的要因
急激な体重増加や体重減少がみられる場合は、体質だけで片づけず、身体疾患、精神状態、服薬などを含めて確認する必要があります。
IQはIntelligence Quotientの略で、日本語では知能指数と呼ばれます。一般的な知能検査では、言葉を理解する力、情報を一時的に保持して処理する力、視覚的な情報を整理する力、作業の速さなど、複数の認知機能を測定します。
知能検査の得点にも遺伝的影響があります。双生児研究や家族研究を全年齢でまとめると、知能検査得点の個人差のうち、遺伝的な違いと関連する割合は、およそ50%と報告されています。[5]
ただし、知能の遺伝率は年齢や研究方法によって異なります。
幼児・児童期
遺伝率は約20~40%とする研究があります。家庭環境、教育機会、言語経験、発達段階などの影響が比較的大きい時期です。
青年期
遺伝率は約40%前後から高くなるとする研究があります。本人の興味や得意分野が明確になり、選択する活動や環境に個人差が出てきます。
成人期
約60~70%以上と推定する研究もあります。ただし、対象集団、知能検査の種類、教育環境などによって推定値は変わります。
成人になるほど遺伝率が高くなるという結果は、一見すると不思議です。長く生きるほど、環境の影響が大きくなりそうに思えるからです。
この現象を説明する考え方の一つが、遺伝と環境の相関です。
たとえば、言葉に興味を持ちやすい子どもは、本を読む機会を自分から増やすかもしれません。計算が得意な子どもは、数学的な遊びや活動を好むかもしれません。周囲の大人も、その子どもの反応を見ながら、本を与えたり、得意な活動を勧めたりします。
遺伝と環境は、別々に働くのではなく、互いに影響し合いながら発達をつくります。
知能検査得点の遺伝率が高いと聞くと、「勉強しても意味がない」「生まれた時点で能力が決まっている」と考えてしまう人がいます。しかし、これは遺伝率の誤解です。
教育期間と知能検査得点の関係を調べたメタ解析では、42のデータセット、合計60万人以上の参加者が検討されました。その結果、教育を受ける期間が1年長いことによって、知能検査得点が平均でおよそ1~5ポイント上昇する可能性が示されました。[6]
つまり、遺伝的影響のある能力であっても、教育や経験の影響を受けます。
知能検査の得点に影響する状態
そのため、IQは人間の価値や将来性を示す点数ではありません。知能検査は、得意な情報処理と苦手な情報処理を整理し、学習や仕事、日常生活でどのような工夫が役立つかを考えるための一つの資料です。
IQが高いことと、幸せに生きられることは同じではありません。
IQが高くても、注意の切り替え、感情調整、対人関係、生活管理などに困難を抱える場合があります。反対に、知能検査の一部に苦手さがあっても、経験、誠実さ、継続力、対人能力、専門技術などを生かして活躍している人は大勢います。
EQはEmotional Intelligence Quotientなどの略として使われ、一般には感情知能やこころの知能指数と説明されます。
ただし、EQにはIQほど統一された定義や測定方法がありません。研究では、感情に関する課題を実際に行う能力検査と、本人が自分自身の感情調整力をどのように認識しているかを質問紙で測る方法などがあります。
✅ EQに含まれるとされる能力や特徴
本人の自己評価によって測定するEQは、特性EQと呼ばれることがあります。特性EQは、外向性、情緒安定性、協調性などの性格特性と重なる部分が少なくありません。
双生児研究では、特性EQの各領域における遺伝率は、およそ35~50%と報告されています。[7]
ただし、この数字を「人に優しくできるかどうかの半分は遺伝」と単純化することはできません。感情を扱う力は、日々の経験を通して変化します。
幼少期に、大人から「悲しかったんだね」「悔しかったね」と感情を言葉にしてもらう経験が多いと、自分の感情を理解しやすくなることがあります。家庭や学校で、怒りを安全に伝える方法を学ぶことも重要です。
成人後も、カウンセリング、認知行動療法、対人関係療法、マインドフルネス、アンガーマネジメントなどを通して、感情への気づき方や対処方法を練習できます。
💡EQについての大切な考え方
感情が強く動くこと自体が「EQの低さ」ではありません。不安、怒り、悲しみを感じやすくても、感情に気づき、安全な方法で表現し、必要な行動を選べるようになることは可能です。
「父親に似て頑固だ」「母親と同じで心配性だ」など、性格が家族に似ていると感じることがあります。
性格にも、一定の遺伝的影響があります。性格の遺伝研究をまとめたメタ解析では、性格全体の平均的な遺伝率は約39~40%と推定されました。双生児研究に限ると平均約47%、家族研究や養子研究では約22%と、研究方法によって推定値が異なっていました。[8]
性格研究では、五つの領域に分けるビッグファイブというモデルがよく使われます。
開放性
新しい経験への関心、好奇心、想像力、柔軟な発想などに関係します。低いことが悪いわけではなく、安定や慣習、現実性を重視する長所にもつながります。
誠実性
計画性、責任感、自己管理、物事を継続する力などに関係します。高すぎる場合には、完璧主義や柔軟性の低下につながることがあります。
外向性
社交性、活動性、刺激や報酬への反応の強さなどに関係します。内向性には、集中力、慎重さ、一人で深く考える力などの長所があります。
協調性
共感、信頼、他者への配慮、協力しようとする傾向に関係します。高すぎる場合には、断れない、我慢しすぎる、過剰適応になることがあります。
神経症傾向
不安、緊張、落ち込み、ストレスに対する反応の強さなどに関係します。危険を早く察知する慎重さや、細かな変化に気づく力につながる場合もあります。
性格特性は、良い・悪いで単純に分類できるものではありません。たとえば、不安を感じやすい人は、危険に早く気づき、準備を丁寧に行うことがあります。外向性が低い人は、一人で考える作業や、少人数での深い関係を得意とするかもしれません。
性格は欠点の一覧ではなく、環境によって長所にも負担にもなり得る特徴の組み合わせです。
性格には一定の安定性がありますが、生涯まったく変わらないわけではありません。年齢、仕事、結婚、子育て、人間関係、成功体験、喪失体験、治療などを通して、物事への反応や行動の習慣は変化します。
「朝から元気に動ける」「夜になると集中できる」といった体内時計の個人差にも、遺伝的影響があります。
約69万8,000人を対象としたゲノム研究では、朝型・夜型に関連する多数の遺伝的領域が確認されました。同研究における一般的な遺伝的変異から推定された遺伝率は、約13.7%でした。[9]
思春期から若年成人期には、体内時計が後ろにずれ、夜型になりやすい傾向があります。年齢を重ねると、以前より早く眠くなり、早く目覚める人も増えます。
夜型傾向のある人に対して、単純に「怠けている」「朝起きる気がない」と評価するのは適切ではありません。一方で、遺伝的に夜型だからといって、生活リズムをまったく調整できないわけでもありません。
朝の光、一定した起床時刻、日中の活動、夜間の照明などを調整することで、睡眠の時刻をある程度動かせる場合があります。
遺伝と環境は、きれいに分けられるものではありません。
興味深い研究として、親から子どもに受け継がれなかった遺伝的変異であっても、子どもの教育結果と関連していたという報告があります。[10]
受け継がれていない遺伝子が、子どもの身体に直接作用するわけではありません。親の遺伝的な傾向が、親自身の学習習慣、興味、会話、生活環境、教育への関わり方などに影響し、その親がつくる環境を通して、子どもに間接的な影響を与える可能性があります。
この現象は遺伝的養育、またはgenetic nurtureと呼ばれます。
たとえば、読書を好む親は家庭に本を置き、子どもに読み聞かせをする可能性があります。社交的な親は、人と関わる機会の多い環境をつくるかもしれません。不安を感じやすい親は、子どもの安全に対して慎重になる可能性があります。
💡親から子どもへ伝わるもの
遺伝子だけでなく、言葉の使い方、感情の表現、食事、睡眠習慣、問題への向き合い方、人との距離の取り方なども、日々の生活を通して伝わります。
同じ家庭で育った兄弟姉妹でも、性格や能力が大きく違うことがあります。これは、兄弟姉妹が両親から受け取る遺伝子の組み合わせが同じではないことに加え、友人、教師、病気、成功や失敗、家庭内での役割など、同じ家族の中でも経験する環境が異なるためです。
「同じように育てたのに違う」のは、親の育て方が失敗したからとは限りません。
「努力できることも才能だ」「続けられる人と続けられない人がいる」と言われることがあります。
確かに、集中力、衝動性、報酬への反応、疲れやすさ、不安の感じやすさ、誠実性、睡眠リズムなどには個人差があり、それぞれに一定の遺伝的影響があります。
しかし、「努力できるかどうか」を一つの遺伝子や一つの数字で表すことはできません。努力のしやすさは、課題との相性や環境によって大きく変わります。
同じ人でも、興味のない作業は続かない一方、好きなことには長時間集中できる場合があります。目標が大きすぎると動けなくても、課題を小さく分けると継続できることもあります。
「努力できない性格」と決めつける前に、努力を妨げている条件は何かを考えることが大切です。
近年は、一般向けの遺伝子検査で、体質、性格、能力などを調べられると宣伝されることがあります。
しかし、身長、体重、IQ、EQ、性格などは、非常に多くの遺伝的変異と環境要因が関係する複雑な特徴です。一つや数個の遺伝子を調べただけで、将来の能力や性格を正確に予測することはできません。
ポリジェニックスコアの主な限界
とくに、子どもの遺伝子検査によって「勉強に向いていない」「感情知能が低い」「この仕事には適性がない」と決めつけることには、科学的にも倫理的にも大きな問題があります。
遺伝子は、子どもの進路や価値を判定する成績表ではありません。
精神科や心療内科では、患者さんが自分自身を責めている場面に多く出会います。
「自分は意志が弱い」「親と同じ性格だから変われない」「子どもに悪い遺伝子を渡してしまった」と考え、苦しんでいる方もいます。
遺伝について学ぶことには、二つの意味があります。一つは、すべてを本人や親の責任にしないことです。
人には、生まれ持った反応の出やすさや体質があります。同じ環境でも、不安を強く感じる人と感じにくい人、睡眠を崩しやすい人と崩しにくい人、体重が増えやすい人と増えにくい人がいます。
もう一つは、遺伝を理由に諦めないことです。遺伝的な傾向があっても、生活環境、治療、教育、練習、周囲の理解によって、その後の経過は変わります。
💡遺伝を知る目的
「できない理由」を決めるためではなく、その人に合った環境や方法を見つけるために、体質や個人差を理解することが大切です。
不安を感じやすい人には、不安を完全になくすことだけを目指すのではなく、不安があっても行動できる方法を考えます。
注意がそれやすい人には、「集中しなさい」と繰り返すより、刺激を減らす、作業時間を短く区切る、予定を見える化するなどの工夫が役立ちます。
夜型傾向のある人には、根性で早寝を求めるだけでなく、朝の光、起床時刻、通勤時間、勤務形態などを調整します。体重が増えやすい人には、本人を責めるのではなく、食欲、睡眠、服薬、運動、ストレスなどを総合的に確認します。
個人差を理解することは、諦めることではなく、対策を具体的にすることです。
身長、体重、IQ、EQ、性格、体内時計など、多くの個人差に遺伝が関係しています。
しかし、遺伝子には「あなたは必ずこうなる」と書かれているわけではありません。
遺伝的影響が大きい身長でさえ、栄養や病気、成長環境の影響を受けます。体重には遺伝的な太りやすさがありますが、睡眠、食事、運動、ストレス、薬剤などによって変化します。
IQにも遺伝的影響がありますが、教育や経験によって知能検査得点は変化します。EQや性格にも生まれ持った傾向がありますが、感情の扱い方や行動の選び方は、その後も学ぶことができます。
🌿まとめ
遺伝は、人生の結論ではありません。
遺伝子が関係するのは、一定の状況で現れやすい傾向や可能性です。同じ遺伝的傾向を持っていても、どのような環境で育ち、何を経験し、どのような支援を受けるかによって、その後の姿は変わります。
遺伝は、人生の設計図というより、出発地点に与えられた条件の一部です。
大切なのは、他人と同じになろうとすることではなく、自分の特徴を理解し、自分に合った生活や環境をつくっていくことです。
🏥受診を検討した方がよい場合
集中力、気分、食欲、体重、睡眠、感情のコントロールなどの問題によって、仕事、学校、家庭生活に支障が出ている場合は、単なる性格や体質と決めつけず、医療機関へご相談ください。身体疾患、睡眠障害、発達特性、精神疾患、薬剤の影響などを含めて確認することが大切です。
※本記事は一般的な医学・心理学的情報を提供するものであり、個別の診断や治療を目的としたものではありません。症状や生活上の支障がある場合は、医療機関へご相談ください。