



「精神科で採血をするのですか?」と聞かれることがあります。精神科や心療内科というと、こころの症状について話を聞き、必要に応じて薬を調整する場所というイメージが強いかもしれません。そのため、採血を提案されると、「内科ではないのに、なぜ血液検査が必要なのだろう」と不安になる方も少なくありません。
しかし、精神科で行う採血は、決して珍しいものではありません。むしろ、安全に治療を続けるため、そしてこころの症状の背景に身体の病気が隠れていないか確認するために、とても大切な検査です。
たとえば、気分の落ち込み、疲れやすさ、眠気、集中力の低下、意欲の低下などは、うつ病や適応障害だけでなく、甲状腺機能低下症、貧血、糖尿病、肝機能・腎機能の異常、栄養状態の問題などでも起こることがあります。また、精神科で使う薬の中には、血中濃度、肝機能、腎機能、血糖、脂質、電解質などを確認しながら使うことで、より安全性を高められるものがあります。
💡この記事のポイント
精神科の採血は、「こころの病気かどうかを血液だけで決める検査」ではありません。身体疾患の確認、薬の安全性確認、副作用の早期発見、生活習慣病のチェックなどを目的に行います。
精神科の診察では、問診がとても重要です。気分、睡眠、食欲、不安、焦り、意欲、集中力、対人関係、仕事や学校での困りごと、生活リズムなどを丁寧に確認しながら、診断や治療方針を考えていきます。一方で、こころの症状は、身体の状態と完全に切り離せるものではありません。
人の脳は、血糖、ホルモン、栄養、睡眠、炎症、肝臓や腎臓の働きなど、身体全体の影響を受けています。身体の状態が崩れると、気分が落ち込む、不安が強くなる、イライラする、集中できない、眠れない、疲れやすいといった症状が出ることがあります。
✅ 精神科で採血を行う主な目的
精神科の採血は、「疑っているから行う」というより、見落としを減らし、安全に治療するための確認です。特に、長く薬を飲んでいる方、複数の薬を使っている方、身体疾患の既往がある方、体重変化がある方、強いだるさや眠気が続く方では、採血が治療方針を考える大切な手がかりになります。
精神科で確認する代表的な項目の一つが、甲状腺機能です。甲状腺は、首の前側にある小さな臓器で、身体の代謝を調整する甲状腺ホルモンを分泌しています。このホルモンが多すぎても少なすぎても、こころや身体にさまざまな影響が出ることがあります。
特に甲状腺機能低下症では、身体の代謝が落ちるため、疲れやすい、寒がりになる、むくむ、体重が増える、眠気が強い、動作がゆっくりになる、記憶力や集中力が落ちる、といった症状がみられることがあります。これらは、うつ病の症状と似て見えることがあります。
🔍 甲状腺機能低下症でみられやすい症状
一方、甲状腺ホルモンが多くなりすぎる甲状腺機能亢進症では、動悸、発汗、手の震え、体重減少、不眠、焦り、イライラ、不安感などが目立つことがあります。これらは、不安障害、パニック症状、躁状態、過緊張のように見えることもあります。
つまり、甲状腺の異常は、うつ、不安、不眠、焦燥感、集中力低下など、精神科でよく相談される症状と重なりやすいのです。そのため、必要に応じてTSH、FT3、FT4などの甲状腺関連項目を確認することがあります。
💡大切な考え方
採血で甲状腺を確認するのは、「精神的な問題ではない」と決めつけるためではありません。こころの症状に身体の要因が重なっていないかを確認し、より適切な治療につなげるためです。
精神科では、気分の波が大きい場合、双極性障害、躁状態、易怒性、衝動性、てんかんに関連した症状などに対して、バルプロ酸ナトリウムという薬が使われることがあります。商品名では、デパケン、バレリンなどが知られています。
バルプロ酸は有用な薬ですが、肝臓で代謝される薬であり、肝機能、血小板、アンモニア値、血中濃度などを必要に応じて確認しながら使うことがあります。特に、眠気が強い、ふらつく、吐き気がある、意識がぼんやりする、急に調子が悪くなった、用量を変更した、他の薬を追加した、効果が不十分、などの場合には採血が役立ちます。
✅ バルプロ酸で確認することがある項目
バルプロ酸の血中濃度は、薬を飲んだ直後か、次の服薬直前かによって数値が変わります。そのため、採血のタイミングが大切です。一般的には、薬の濃度が低くなるタイミング、つまり次に飲む前の採血が参考になることがあります。ただし、実際のタイミングは薬の種類、飲み方、治療目的によって異なります。
バルプロ酸は、血中濃度だけで効果や副作用が完全に決まるわけではありません。数値が範囲内でも眠気が強い方もいれば、数値だけでは判断できない方もいます。そのため、血液検査の結果と、実際の症状、生活状況、眠気、食欲、ふらつき、気分の安定度などを合わせて判断します。
⚠️ 注意が必要な症状
バルプロ酸を内服中に、強い眠気、意識がぼんやりする、吐き気、食欲低下、強いだるさ、黄疸、出血しやすい、皮下出血が増えた、急な体調悪化などがある場合は、自己判断で放置せず、医師に相談してください。
双極性障害の治療では、炭酸リチウムが使われることがあります。リチウムは、気分の波を安定させる薬として重要な位置づけにありますが、血中濃度の幅が比較的狭く、少なすぎると効果が不十分になり、多すぎると副作用や中毒症状のリスクが高まります。
そのため、リチウムを使う場合には、血中リチウム濃度を確認することがあります。また、リチウムは腎臓から排泄されるため、腎機能の確認も重要です。さらに、リチウムでは甲状腺機能低下症や甲状腺炎があらわれることがあるため、TSH、FT3、FT4などの甲状腺機能を確認することがあります。
✅ リチウムで確認することがある項目
リチウムで特に大切なのは、脱水です。発熱、下痢、嘔吐、食事や水分摂取の低下、過度の発汗などがあると、リチウム濃度が上がりやすくなることがあります。また、痛み止め、降圧薬、利尿薬など、一部の薬との併用でリチウム濃度に影響が出ることがあります。
⚠️ リチウム内服中に注意したい症状
手の震えが強い、ふらつく、ろれつが回らない、吐き気、下痢、強い眠気、意識がぼんやりする、歩きにくい、急にだるくなった、などの症状がある場合は、早めに医療機関へ相談してください。
精神科の採血でよく確認する項目に、血糖値やHbA1cがあります。これは、糖尿病や糖代謝異常を早めに見つけるためです。
うつ病、不安障害、双極性障害、統合失調症などの精神疾患では、生活リズムの乱れ、睡眠不足、活動量低下、食生活の変化、ストレス、喫煙、飲酒、体重増加などが重なり、生活習慣病のリスクが高くなることがあります。また、一部の向精神薬では、体重増加、食欲増加、血糖上昇、脂質異常に注意が必要な場合があります。
特に、抗精神病薬を使用している方では、体重、血糖値、HbA1c、脂質などを定期的に確認することが重要です。抗精神病薬は、統合失調症だけでなく、双極性障害、うつ病の補助療法、不眠、強い不安、焦燥、幻覚妄想状態など、さまざまな場面で使われることがあります。
✅ 血糖・代謝に関連して確認することがある項目
糖尿病の初期には、自覚症状が乏しいこともあります。症状が出る前に血糖値やHbA1cを確認することで、食事、運動、薬の調整、内科受診などにつなげやすくなります。
また、急にのどが渇く、水分をたくさん飲む、尿の回数が増える、体重が減る、強いだるさがある、といった症状がある場合には、血糖の異常が関係している可能性もあります。精神科の診察中にこのような症状がある場合は、遠慮なく伝えてください。
精神科の薬に限らず、多くの薬は肝臓で代謝されたり、腎臓から排泄されたりします。そのため、肝臓や腎臓の働きを確認することは、薬を安全に使ううえで大切です。
肝機能が低下していると、薬が体内に残りやすくなり、眠気、ふらつき、吐き気、だるさなどの副作用が出やすくなることがあります。腎機能が低下している場合も、薬の種類によっては体内に蓄積しやすくなることがあります。
✅ 肝機能・腎機能でよく確認する項目
たとえば、アルコール量が増えている方、脂肪肝を指摘されたことがある方、生活習慣病がある方、複数の薬を内服している方、高齢の方では、肝機能や腎機能の確認が特に重要になります。
また、採血結果によっては、精神科の薬だけでなく、内科的な評価が必要になることもあります。その場合、当院で治療を完結させるというより、必要に応じて内科などの専門医療機関と連携していくことが大切です。
精神科の薬は、適切に使うことで症状を和らげ、生活を整える助けになります。一方で、どの薬にも副作用の可能性があります。副作用は、本人がすぐに気づけるものもあれば、採血をして初めて分かるものもあります。
たとえば、眠気、ふらつき、口渇、便秘、体重増加などは自覚しやすい副作用です。一方で、肝機能異常、血糖上昇、脂質異常、電解質異常、白血球や血小板の変化などは、自覚症状が乏しいまま進むことがあります。
🔍 採血で早期発見しやすい変化
特に、薬を開始した直後、薬を増量した後、長期に内服している場合、他の薬が追加された場合、体調が急に変わった場合には、採血が治療判断に役立つことがあります。
精神科では、ナトリウムなどの電解質を確認することもあります。電解質は、身体の水分バランス、神経、筋肉、意識状態に関わる重要な成分です。
一部の抗うつ薬、抗てんかん薬、利尿薬などでは、血液中のナトリウムが低くなることがあります。特に高齢の方、複数の薬を内服している方、水分摂取が極端に多い方、食事量が少ない方では注意が必要です。
ナトリウムが低くなると、だるさ、頭痛、吐き気、眠気、ふらつき、意識がぼんやりする、けいれんなどが起こることがあります。軽い症状では「疲れているだけ」「薬の眠気だろう」と思われることもありますが、採血で確認すると原因が見えてくることがあります。
💡ポイント
精神科の薬の副作用は、気分や眠気だけでなく、身体の数値に現れることがあります。採血は、症状が大きくなる前に変化を見つけるための手段です。
精神科の治療では、こころの症状を改善することが大切ですが、同時に身体の健康も守る必要があります。特に、体重増加、脂質異常、糖尿病、高血圧などは、長期的な健康に大きく関わります。
一部の向精神薬では、食欲が増えたり、眠気によって活動量が減ったり、体重が増えやすくなったりすることがあります。体重が増えると、血糖値、脂質、血圧に影響が出ることがあります。
✅ 体重・代謝で確認したいこと
大切なのは、「薬を飲むから太っても仕方ない」と諦めることではありません。必要に応じて、薬の種類や量を調整したり、食事や運動の工夫をしたり、内科と連携したりすることで、リスクを下げられる可能性があります。
もちろん、症状が強い時期には、運動や食事管理まで手が回らないこともあります。精神科治療では、その時点でできる現実的な方法を一緒に考えることが大切です。
採血結果は、単に「正常」か「異常」かを見るためだけのものではありません。精神科では、採血結果を、症状、生活状況、薬の効果、副作用、体調変化と合わせて考えます。
たとえば、強いだるさがある方で甲状腺機能低下が見つかれば、内科的な治療が必要になることがあります。抗精神病薬を使っている方でHbA1cが上がっていれば、食事・運動の工夫、薬の見直し、内科受診を検討することがあります。リチウムの血中濃度が高ければ、用量調整や脱水の確認が必要になることがあります。
🔍 採血結果から考えること
採血の数値は、体調、食事、飲酒、睡眠、脱水、運動、採血時間、薬を飲んだタイミングなどでも変化します。そのため、1回の数値だけで大きな判断をするのではなく、経過を見ながら判断することもあります。
採血のタイミングは、目的によって異なります。初診時に身体疾患の確認として行うこともあれば、薬を開始してしばらくしてから行うこともあります。また、長期的に薬を続けている場合には、定期的に確認することがあります。
✅ 採血を検討することが多い場面
血中濃度を測る薬では、採血の時間が結果に影響します。たとえば、リチウムやバルプロ酸では、薬を飲んだ直後よりも、一定時間が経過したタイミングの方が参考になることがあります。検査前に薬を飲むかどうか、朝食を取るかどうかなどは、自己判断せず、医師やスタッフの指示に従ってください。
採血が苦手な方は少なくありません。針を見るのが怖い、血を見ると気分が悪くなる、過去に倒れたことがある、痛みに不安がある、という方もいます。精神科で採血を提案された時に、不安を感じるのは自然なことです。
採血が苦手な方は、遠慮なく事前にお伝えください。横になって採血する、採血後に少し休む、時間に余裕を持って行うなど、できる範囲で対応を検討します。
✅ 採血が苦手な方が伝えてよいこと
採血は、無理に我慢して受けるものではありません。必要性を確認しながら、できるだけ不安が少ない形で行うことが大切です。
精神科の採血で異常が見つかった場合、すべてを精神科だけで対応するわけではありません。甲状腺疾患、糖尿病、脂質異常症、肝機能障害、腎機能障害、貧血などが疑われる場合には、内科、内分泌内科、糖尿病内科、消化器内科、腎臓内科などの受診をお願いすることがあります。
これは、精神科で対応できないから放置するという意味ではありません。むしろ、こころと身体の両方を安全に診るための連携です。身体疾患が改善すると、気分や睡眠、意欲が改善することもあります。
💡こころと身体はつながっています
うつや不安がある時、原因は一つとは限りません。心理的ストレス、生活環境、睡眠、身体疾患、薬の影響が重なっていることもあります。採血は、その重なりを整理するための大切な手がかりです。
精神科で採血をする理由は、こころの症状を血液だけで診断するためではありません。身体疾患の確認、薬の安全性確認、副作用の早期発見、生活習慣病の予防、治療方針の調整のために行います。
特に、甲状腺機能の異常は、うつ、不安、眠気、だるさ、集中力低下などと関係することがあります。バルプロ酸やリチウムなどの薬では、血中濃度や肝機能、腎機能、甲状腺機能などの確認が役立ちます。また、抗精神病薬を使用している場合には、血糖値、HbA1c、脂質、体重などを確認することで、糖尿病や脂質異常症のリスクを早めに把握できます。
この記事のまとめ
採血は、患者さんを不安にさせるためのものではなく、治療をより安全に、より確実に進めるための確認です。気になることがあれば、「何の項目を調べるのか」「なぜ必要なのか」「いつ採血するのか」など、診察時に遠慮なくご相談ください。
🔎 参考文献・参考資料