



「運動はメンタルに良い」と聞いたことがある方は多いと思います。しかし、いざ運動を始めようとすると、筋トレとウォーキングはどちらが良いのか、有酸素運動は何分くらい必要なのか、息が切れるほど頑張らなければ意味がないのかなど、さまざまな疑問が出てきます。
運動は、大きく有酸素運動と無酸素運動に分けて説明されることがあります。有酸素運動の代表はウォーキング、ジョギング、自転車、水泳などです。一方、無酸素運動の代表は筋力トレーニングや短距離走などです。
ただし、実際の身体の中では「ここから完全に有酸素」「ここから完全に無酸素」とスイッチのように分かれているわけではありません。多くの運動では、複数のエネルギー供給システムが同時に働いています。
そして、こころの健康という視点から見ると、有酸素運動にも無酸素運動にも、それぞれ異なる良さがあります。
💡この記事のポイント
「有酸素運動と無酸素運動のどちらが優れているか」という二者択一で考える必要はありません。気分の改善、睡眠、体力、筋力、生活習慣病予防など、目的に応じて組み合わせることが大切です。そしてメンタルがつらい時には、「理想的な運動」よりも続けられる運動を選ぶことが重要です。
有酸素運動とは、比較的長い時間続けられる運動を指します。ウォーキング、軽いジョギング、自転車、水泳、ダンスなどが代表的です。
運動中には酸素を利用しながら、糖質や脂質などからエネルギーを作ります。そのため、「有酸素運動」と呼ばれています。
✅ 有酸素運動の代表例
有酸素運動の特徴は、比較的長く続けやすいことです。心肺機能の向上、生活習慣病の予防、体力の維持などが期待されます。
また、精神科・心療内科の領域でも運動は注目されています。身体を動かすことは、気分、睡眠、ストレス、不安などと関連しています。
ここで大切なのは、運動は「体を鍛えるためだけのもの」ではないということです。
外に出る。日光を浴びる。景色が変わる。一定のリズムで身体を動かす。家の中で考え続けていた状態から、一度別の行動に移る。
こうした一連の変化そのものが、こころにとって意味を持つことがあります。
無酸素運動とは、一般に、短時間に比較的大きな力を発揮する運動を指します。代表的なものが筋力トレーニングです。
スクワット、腕立て伏せ、ダンベル運動、マシントレーニング、短距離走などが含まれます。
「無酸素」という名前から、「呼吸をしない運動」と誤解されることがありますが、そういう意味ではありません。運動中には当然、呼吸をしています。
高い強度の運動では、必要なエネルギーを素早く供給するために、酸素を利用する経路だけでは間に合いません。そのため、酸素の利用に直接依存しないエネルギー供給の割合が高くなります。
✅ 無酸素運動の代表例
無酸素運動、特に筋力トレーニングには、筋力や筋肉量を維持するという重要な役割があります。
年齢とともに筋肉量は低下しやすくなります。筋力が落ちると、外出がおっくうになる、疲れやすくなる、転倒しやすくなるなど、生活そのものに影響します。
つまり筋力は、単に「見た目のため」ではありません。
筋力は、自分の生活を自分で動かしていくための土台でもあります。
有酸素運動と無酸素運動は、説明のためには便利な分類です。しかし、人間の身体はそれほど単純ではありません。
たとえば、ゆっくり走っている時にも筋肉は使います。筋力トレーニングをしている時にも、心拍数は上がり、酸素を使うエネルギー供給も働いています。
つまり、有酸素と無酸素は「完全に別の運動」ではなく、どちらの要素が強いかという違いとして考える方が実際に近いでしょう。
たとえば、同じ自転車でも、ゆっくり長時間こげば有酸素運動の要素が強くなります。一方、急な坂を全力で駆け上がれば、無酸素運動の要素が強くなります。
同じ階段でも、ゆっくり上れば比較的軽い運動ですが、全力で何段も駆け上がれば高強度の運動になります。
大切なのは名前ではなく、どの程度の強さで、どのくらいの時間、どのように身体を動かしているかです。
運動とこころの健康との関係については、多くの研究が行われています。
運動による影響は、単純に「脳内物質が増えるから元気になる」という一つの仕組みだけでは説明できません。
さまざまな要因が重なり合って、こころの状態に影響すると考えられます。
特に、うつ状態では活動量が低下しやすくなります。
気分が落ち込む → 動かなくなる → 刺激や達成感が減る → さらに気分が落ち込む
という悪循環が生じることがあります。
認知行動療法では、このような状態に対して行動活性化という考え方があります。
「元気になったら動く」のではなく、可能な範囲で少しずつ行動を増やすことで、気分が変化するきっかけを作っていきます。
気分が変わるのを待ってから動くのではなく、少し動くことで気分が変わる可能性を作る。
運動は、その選択肢の一つです。
世界保健機関(WHO)は、成人の身体活動について、1週間あたり150~300分の中強度の有酸素性身体活動、または75~150分の高強度の有酸素性身体活動、あるいはそれらに相当する組み合わせを推奨しています。
さらに、主要な筋群を使う筋力強化活動を週2日以上行うことも推奨されています。
📌 一つの目安
・中強度の有酸素運動:週150~300分
・または高強度の有酸素運動:週75~150分
・筋力トレーニング:週2日以上
ただし、ここで非常に重要なことがあります。
この数字を見て、「週150分もできないから、自分には無理だ」と考える必要はありません。
0分と150分の間には、1分、5分、10分、30分、100分があります。
運動習慣がない人にとっては、最初から理想的な運動量を目指すことが、かえって挫折の原因になることがあります。
「毎日30分歩く」と決めて3日でやめてしまうよりも、「今日は5分だけ外を歩く」を続ける方が、その人にとっては大きな意味を持つことがあります。
かつては、「運動は一定時間以上続けなければ意味がない」と考えられることもありました。
しかし現在では、身体活動は必ずしも長時間まとめて行わなければならないわけではないと考えられています。
階段を使う。駅まで歩く。コンビニまで歩く。家の中を掃除する。5分だけ散歩する。
こうした活動も、身体活動の一部です。
特に、これまでほとんど身体を動かしていなかった人にとっては、「運動をする人になる」ことより、「今より少し動く」ことの方が現実的です。
🌱 たとえば
「こんな程度では意味がない」と切り捨てないことです。
小さな運動を「ゼロ」と数えないことが、習慣化にはとても大切です。
「メンタルに良い運動」というと、ウォーキングやジョギングなどの有酸素運動が注目されがちです。
しかし、筋力トレーニングについても、抑うつ症状や不安症状との関連を調べた研究が増えています。
筋力トレーニングには、身体機能の改善だけでなく、自分で負荷を設定し、実行し、少しずつできることが増えていくという特徴があります。
昨日より1回多くできた。以前より少し重いものを持てた。階段が楽になった。
こうした経験は、自己効力感、つまり「自分はある程度、自分の行動や生活に働きかけることができる」という感覚につながることがあります。
もちろん、筋トレをすれば必ず自信がつくわけではありません。しかし、自分の変化を比較的実感しやすい運動であることは、一つの特徴でしょう。
また、外に出ることが難しい人でも、自宅でスクワットや軽い筋力トレーニングを行うことができます。
💡大切なのは「筋トレか、有酸素か」ではありません。
ウォーキングが好きなら歩く。筋トレが好きなら筋トレをする。両方できるなら組み合わせる。続けられる方法が、その人にとって良い方法です。
運動は睡眠とも関係しています。
日中に身体を動かすことは、睡眠の質や生活リズムを整える一つの要素になります。
特に、朝から日中に外で身体を動かす場合には、運動だけでなく光を浴びることにも意味があります。光は体内時計を調整する重要な手がかりです。
一方で、睡眠に悩んでいるからといって、疲労困憊するまで運動すればよいわけではありません。
強すぎる運動が負担になる人もいます。また、夜遅い時間の激しい運動によって、かえって覚醒感が高まる場合もあります。
「眠るために自分を疲れさせる」のではなく、日中の活動と夜の休息にメリハリを作るという考え方が大切です。
睡眠不足が強い時には、運動を増やす前に睡眠時間そのものを確保する必要がある場合もあります。
運動は万能薬ではありません。
健康維持という観点では、有酸素運動と筋力トレーニングを組み合わせる方法が現実的です。
たとえば、次のような形です。
📅 無理のない一例
もちろん、これは一例にすぎません。
仕事、育児、介護、体調、年齢、持病によって、できる運動量は大きく異なります。
毎日同じことをする必要もありません。
運動を「特別なイベント」にしすぎず、生活の中に小さく散らすという方法もあります。
通勤で歩く。階段を使う。掃除をする。休日に散歩する。週に2回だけ筋トレをする。
これでも十分に「身体を動かす生活」です。
ここは、精神科・心療内科の診療では特に重要な点です。
うつ状態の人に対して、「運動すれば元気になる」「散歩すれば治る」と簡単に言うことは適切ではありません。
強いうつ状態では、起き上がること、着替えること、シャワーを浴びること、食事をすること自体が大きな負担になることがあります。
そのような人に「毎日30分運動しましょう」と伝えると、できなかった時に、
「自分はこんなこともできない」
と、さらに自分を責めてしまうことがあります。
運動が良いことと、今その人が運動できることは別の問題です。
状態によっては、まず休養や治療が必要です。
「散歩を30分する」ではなく、
という段階から始めることもあります。
その人にとっての「適度な運動」は、健康な時の基準だけでは決まりません。
今の自分にできる一歩を、他人の一歩と比べないことが大切です。
運動は健康に良いものですが、多ければ多いほど良いわけではありません。
特に、真面目な人、完璧主義的な人、数字にこだわりやすい人は注意が必要です。
「毎日必ず1万歩」
「筋トレを休んではいけない」
「昨日より記録を伸ばさなければならない」
「運動しなかったから食べてはいけない」
このようになると、健康のために始めた運動が、いつの間にか自分を追い詰めるものになることがあります。
休むことも、トレーニングの一部です。
筋肉も身体も、負荷をかけている時だけではなく、休息している間に回復します。
疲労が蓄積している時、睡眠不足の時、体調が悪い時には、運動量を落とすことも必要です。
また、運動をしないと強い罪悪感や不安が出る、けがをしていても運動をやめられない、食事を帳消しにするために過剰な運動を続けるといった場合には、単なる健康習慣とは異なる問題が隠れていることがあります。
有酸素運動と無酸素運動は、目的によって使い分けることができます。
🚶 体力をつけたい、気分転換したい
ウォーキング、ジョギング、自転車などの有酸素運動が取り入れやすいでしょう。
🏋️ 筋力をつけたい、身体機能を維持したい
スクワットやマシントレーニングなどの筋力トレーニングが役立ちます。
🧠 メンタルヘルスのために身体を動かしたい
どちらか一方に限定する必要はありません。自分が続けやすく、終わった後に極端な消耗を残さない運動から始めることが大切です。
⏰ 忙しくて時間がない
5~10分の散歩や、自宅での短時間の筋力トレーニングでも構いません。完璧な60分より、実際に行う10分の方が意味があります。
運動は試験ではありません。
正解を当てる必要はありません。
運動習慣を作る時、多くの人は最初に高すぎる目標を設定します。
「毎朝5時に起きて走る」
「毎日ジムに行く」
「3か月で10kg痩せる」
最初はやる気があるため、数日はできます。しかし、疲れた日や忙しい日が来ると続かなくなります。そして一度できない日があると、「もう失敗した」と全部やめてしまいます。
これは運動の問題というより、目標設定の問題です。
習慣化のコツは、やる気がある日の自分ではなく、やる気がない日の自分でもできる大きさにすることです。
✅ ハードルを下げる例
小さすぎるように感じるかもしれません。
しかし、続けられる小さな行動は、続かない大きな計画より強いのです。
運動は、こころと身体の健康を支える重要な要素です。
しかし、うつ病、不安障害、パニック障害、不眠症などが、運動だけで必ず改善するわけではありません。
症状が強い場合には、診察、薬物療法、心理療法、休養、環境調整などが必要になることがあります。
「運動できないから治らない」
「自分の努力が足りない」
「薬を飲まずに運動だけで治さなければならない」
と考える必要はありません。
運動は治療を支える一つの選択肢であって、治療のすべてではありません。
特に、強い抑うつ、著しい不眠、食欲低下、仕事や学校に行けない状態、日常生活への大きな支障が続いている場合には、無理に自分だけで解決しようとせず、医療機関への相談を検討してください。
また、心臓や肺の病気、整形外科的な疾患、その他の持病がある方は、運動の種類や強度について主治医への確認が必要な場合があります。
有酸素運動には、ウォーキング、ジョギング、自転車、水泳などがあります。
無酸素運動には、筋力トレーニングや短時間の高強度運動などがあります。
どちらか一方が絶対的に優れているわけではありません。
有酸素運動は心肺機能や持久力を支え、筋力トレーニングは筋力や身体機能の維持に役立ちます。そして、どちらもこころの健康との関連が研究されています。
WHOの身体活動ガイドラインでは、成人に対して、週150~300分の中強度の有酸素性身体活動、または週75~150分の高強度の活動などに加え、週2日以上の筋力強化活動が推奨されています。
しかし、数字はあくまで目安です。
大切なのは、理想的な運動を一度することではなく、自分の生活の中で身体を動かし続けることです。
5分歩く。
スクワットを5回する。
一駅分だけ歩く。
階段を使う。
それも立派な身体活動です。
そして、こころがつらい時には、他人の運動量と比べる必要はありません。
今日の自分にできることを、今日の自分の基準で考える。
有酸素か、無酸素か。
その答えは、必ずしも「どちらか」ではありません。
歩ける日は歩く。筋トレができる日は少し筋トレをする。疲れている日は休む。
健康のための運動が、自分を責めるための新しい義務にならないこと。
それが、長く身体とこころを守っていくためには、とても大切です。
🌱 最後に
一番良い運動は、理論上もっとも効率の良い運動ではなく、あなたが無理なく続けられる運動です。
ゼロか100かで考えず、まずは「少し動く」ことから始めてみてください。
※本記事は一般的な医学・健康情報の提供を目的としたものであり、個別の診断や治療を代替するものではありません。症状や持病、体力には個人差があります。運動中に胸痛、強い息苦しさ、めまいなどがある場合や、持病がある場合には、必要に応じて医療機関へご相談ください。