



人生では、どれだけ努力しても思い通りにならないことがあります。仕事で評価されない、人間関係がうまくいかない、相手から期待した返事がこない、子どもが言うことを聞かない、病気になる、計画していた予定が崩れる。あるいは、「もっとこうなるはずだった」と思っていた人生と、現実との間に大きな差を感じることもあります。
もちろん、目標を持ったり、自分の希望をかなえようと努力したりすることは大切です。しかし、私たちのこころを疲れさせるのは、単に「望みがかなわなかった」という事実だけではありません。そこに「本来はこうなるべきだった」「どうして自分の思った通りにならないのか」という考えが加わることで、怒り、不安、落ち込み、焦りがさらに大きくなることがあります。
人生をすべて思い通りにすることはできません。しかし、思い通りにならなかった時に、どう受け止め、どう行動するかについては、少しずつ変えていくことができます。この違いは、ストレスとの付き合い方を考えるうえでとても重要です。
💡この記事のポイント
こころが安定している人とは、「何でも思い通りにできる人」ではありません。むしろ、思い通りにならない現実に直面した時に、自分が変えられる部分へ意識を戻せる人と考えることができます。
私たちは日常生活の中で、知らず知らずのうちにたくさんの予測をしています。「このくらい努力すれば評価されるだろう」「これだけ相手に尽くしたのだから大切にしてくれるだろう」「子どもにはこう育ってほしい」「この会社に入れば安定した人生になるだろう」「健康に気をつけていれば病気にはならないだろう」。
こうした予測や期待があること自体は自然です。未来を予測できなければ、私たちは計画を立てることもできません。しかし、問題になるのは、いつの間にか「そうなってほしい」が「そうなるはずだ」に変わってしまうことです。
現実がその予測から外れた時、人は強いストレスを感じます。「こんなはずではなかった」「なぜ自分だけ」「普通ならこうなるはずなのに」と考え、現実との間で抵抗が起こります。
たとえば、こんな場面です。
つまり人生では、努力と結果が必ずしも比例するわけではありません。努力することはできますが、その努力によってどのような結果が生まれるかまでは完全には決められないのです。
思い通りにならない時に役立つ考え方の一つが、自分でコントロールできることと、できないことを分けることです。
たとえば試験を受ける時、自分が勉強する時間、問題集を解く量、睡眠時間、試験会場へ何時に行くかなどは、ある程度自分で決められます。一方で、試験問題の内容、他の受験者の成績、合格最低点、採点する人の判断などは、自分では決められません。
🟢 自分で比較的コントロールできるもの
🔴 自分では直接コントロールできないもの
ここで重要なのは、「変えられないことを気にするな」という意味ではありません。大切な人からどう思われているかは当然気になりますし、仕事の評価も気になります。問題は、「気になること」と「自分で操作できること」を同じものだと思ってしまうことです。
自分では決められないものを何とか思い通りにしようとし続けると、こころは非常に疲れます。その一方で、自分の行動や選択へ意識を戻すことができれば、少なくとも「今、自分にできること」が見えやすくなります。
人間関係で疲れやすい人ほど、「相手を変えよう」と多くのエネルギーを使っていることがあります。もちろん、人に意見を伝えることや、お願いをすることはできます。しかし、最終的に相手がどう考え、どう行動するかは相手自身の問題です。
たとえば、「これだけ説明したのだから分かってくれるはずだ」「自分がこれだけ大切にしているのだから、相手も同じくらい大切にしてくれるはずだ」と考えていたとします。しかし、現実にはそうならないことがあります。
すると、「もっと説明すれば分かるはず」「もっと努力すれば変わってくれるはず」と、さらに相手を変えようとしてしまいます。その結果、説得、確認、干渉、要求が増え、かえって関係が悪化することさえあります。
相手に伝えることはできる。
相手にお願いすることもできる。
しかし、相手がどう受け取るかまでは決められない。
これは冷たい考え方ではありません。むしろ、「相手には相手の考え方や人生がある」と認めることでもあります。
人間関係では、相手を操作しようとするよりも、自分は何を伝えるのか、どこまで関わるのか、どこから距離を取るのかを考える方が、現実的な解決につながることがあります。
出来事そのものよりも、私たちを苦しませることがあるのが「こうあるべき」「こうでなければならない」という考え方です。
もちろん、こうなってほしいという希望を持つことは悪いことではありません。しかし、「そうなったらいいな」と「絶対にそうでなければならない」には大きな違いがあります。
たとえば、「仕事で評価されたい」と考えることは自然です。しかし、それが「これだけ頑張ったのだから絶対に評価されなければおかしい」となると、評価されなかった時の苦しさは一気に大きくなります。
希望を持つことと、現実に条件を突きつけることは違います。
「こうなってほしい。しかし、そうならないこともある」と考えられると、現実の変化に対応する余地が生まれます。
思い通りにならないのは、外の世界だけではありません。実は、自分の感情も完全にはコントロールできません。
「緊張してはいけない」「不安になってはいけない」「嫌なことを考えてはいけない」「早く忘れなければならない」と思った経験はないでしょうか。しかし、こうした感情や考えを力ずくで消そうとすると、逆にそのことばかり気になってしまう場合があります。
有名な心理学実験として、Wegnerらによる「白熊」の思考抑制実験があります。「白熊のことを考えないでください」と指示されると、かえって白熊についての思考が浮かびやすくなる現象が報告されました。つまり、「考えないようにしよう」と監視すること自体が、その考えを意識させてしまう可能性があります。[1]
「不安をなくしてから行動しよう」ではなく、
「不安が少しあっても、できることをしてみよう」
このように考える方が、現実的なことがあります。
感情は命令して消せるものではありません。悲しい時には悲しさがあり、不安な時には不安があります。それを「感じてはいけない」と否定すると、最初の不安に加えて、「こんなことで不安になる自分はダメだ」という新しい苦しみまで生まれてしまいます。
思い通りにならない出来事が起こると、人は理由を探そうとします。「なぜ失敗したのだろう」「なぜあんなことを言われたのだろう」「なぜ自分だけこんな目に遭うのだろう」。原因を振り返ること自体は必要です。反省によって次の行動を変えられることもあります。
しかし、考えても新しい答えが出ないのに、同じ内容を何度も頭の中で繰り返してしまうことがあります。これを心理学では反すう思考(rumination)と呼びます。
反すうについての研究では、繰り返しネガティブな内容について考え続けることが、抑うつを悪化させたり、問題解決を妨げたりする可能性が指摘されています。[2]
次のようになっていたら、考えすぎのサインかもしれません。
その時には「もっと考えれば答えが出る」と考えるより、「これは問題解決ではなく、反すうになっていないだろうか」と一度確認してみることが大切です。
思い通りにならない現実について、「受け入れましょう」と言われると、「我慢しなければいけないのか」「諦めろということか」と感じる人もいるかもしれません。
しかし、心理学でいう受容(acceptance)は、必ずしも「何もしないこと」を意味しません。
たとえば、「大雨が降っている」という現実を受け入れるとは、雨を好きになることではありません。「雨なんて降るはずがない」と否定することをやめて、傘を持つ、予定を変更する、タクシーを使うといった現実的な行動を選ぶことです。
同じように、仕事で失敗した時に、「失敗したという事実」を受け入れることは、「自分はダメな人間だ」と認めることではありません。
受け入れるとは、
「これは起きなかったことにしたい」
ではなく、
「残念だけれど、実際に起きた。では、ここからどうするか」
と考えることです。
Fordらは、ネガティブな感情や思考を過度に評価せず受け入れる傾向について、実験、日常生活での日記調査、縦断的調査を行いました。その結果、ネガティブな心理経験を受け入れる傾向が、ストレス場面での感情反応や心理的健康と関連していることを報告しています。[3]
大切なのは、嫌な感情を好きになることではありません。「今、自分は悔しい」「不安になっている」「腹が立っている」と、その存在をいったん認めることです。
「一度決めたことは最後までやり抜くべきだ」と考える人は少なくありません。粘り強さはもちろん大切です。しかし、どのような目標でも絶対に諦めないことが、常に良いとは限りません。
環境が変わり、以前の目標が現実的ではなくなることがあります。体調が変化することもあります。会社の状況が変わることもあります。人間関係が変化することもあります。
Wroschらは、達成困難になった目標から適切に離れるgoal disengagementと、新しい目標へ関わり直すgoal reengagementについて研究しています。達成不可能になった目標から離れ、別の意味ある目標へ向かう能力が、主観的幸福感などと関連することが報告されています。[4][5]
これは「すぐ諦めた方がよい」という意味ではありません。重要なのは、努力を続ける価値があるのか、それとも方向転換した方がよいのかを、その時の現実に合わせて判断することです。
たとえば、
人生では、「続ける勇気」だけでなく、やめる勇気、変える勇気、別の道を選ぶ勇気も必要になることがあります。
心理学では、状況に合わせながら考え方や行動を柔軟に調整していく力を心理的柔軟性(psychological flexibility)という概念で説明することがあります。
KashdanとRottenbergは、心理的柔軟性についての研究を整理し、心理的健康を考えるうえで重要な概念であると論じています。[6]
心理的に柔軟であるとは、何でも楽観的に考えることではありません。また、つらいことを我慢することでもありません。
反対に心理的に苦しくなりやすいのは、「絶対こうでなければならない」と一つの結果に強くこだわっている時です。
「思い通りにならなかった=終わり」ではなく、「思い通りにならなかった。では次にどうするか」と考えられることが、心理的柔軟性につながります。
では、実際に思い通りにならない出来事が起きた時には、どのように考えればよいのでしょうか。次のような順番で整理してみる方法があります。
たとえば、LINEを送ったのに半日返信がなかったとします。
事実:半日返信が来ていない。
解釈:嫌われた。怒っている。自分を大切にしていない。
「返信がない」は事実ですが、「嫌われた」は現時点では推測かもしれません。この二つを分けるだけでも、感情が少し整理されることがあります。
相手が返信する時間は決められません。しかし、自分が追加で連絡するか、しばらく待つか、別のことをするかは選べます。
仕事でも同じです。「上司が自分を評価するか」は完全には決められませんが、「必要なことを確認する」「仕事の進め方を改善する」「異動や転職を検討する」といった自分側の行動は選択できます。
「絶対に成功しなければならない」を「できれば成功したい」に変える。「誰からも嫌われてはいけない」を「できれば良い関係を作りたいが、全員から好かれることは難しい」に変える。
少し言葉を変えるだけですが、現実との間に余白ができます。
「この問題についてあと30分考えれば、新しい答えが出るだろうか」と考えてみます。もし何時間考えても同じところを回っているのであれば、一度考えることから離れた方がよい場合があります。
人生全体を解決しようとすると、問題が大きすぎて動けなくなることがあります。
未来を完全にコントロールすることはできません。しかし、今日の自分の行動については選べる部分があります。
人生で最も変えることができないものの一つが過去です。
「あの時違う選択をしていれば」「あんなことを言わなければ」「もっと早く気づいていれば」と考えることがあります。過去を振り返ることによって学べることもありますが、過去そのものを書き換えることはできません。
それにもかかわらず、頭の中では何度も過去をやり直そうとしてしまいます。
ここでも大切なのは、
「あの時どうすればよかったのか」だけではなく、
「その経験を踏まえて、これからどうするのか」
へ視点を移すことです。
過去を忘れる必要はありません。失敗をなかったことにする必要もありません。しかし、過去に使い続けていたこころのエネルギーを、少しずつ現在へ戻していくことはできます。
人生を生きやすくするために必要なのは、すべての問題をなくすことではありません。人間関係のトラブルも、仕事の失敗も、病気も、予想外の出来事も完全には避けられません。
むしろ重要になるのは、予定が崩れても立て直せること、失敗しても別の方法を考えられること、人から期待した反応が返ってこなくても自分自身を保てることです。
これは「何でも我慢する」ということではありません。
変えられるものは変える。離れた方がよい環境からは離れる。必要なら人に助けを求める。そして、自分では変えられない部分については、それと戦い続けるのではなく、少しずつ受け入れていく。
このように、状況によって対応を変えることが大切です。
🌱 こころの強さとは
「何が起きても傷つかないこと」ではありません。
「いつも前向きでいられること」でもありません。
思い通りにならないことが起きても、時間をかけながら自分なりの次の一歩を探せること。
それもまた、こころの強さの一つです。
誰にでも、人生が思い通りにならず落ち込む時期があります。しかし、特定の出来事が何週間も頭から離れない、毎日同じことを考え続けてしまう、不安やイライラが強くなっている、眠れなくなった、仕事や学校へ行くことが難しくなった、人と会いたくなくなった、といった状態が続いている場合には、単なる「気持ちの持ちよう」だけでは整理できなくなっている可能性があります。
特に、強いストレスが続くと、物事を柔軟に考えること自体が難しくなることがあります。「考え方を変えればよい」と分かっていても、それができないことは珍しくありません。
そのような時には、一人で無理に答えを出そうとせず、精神科や心療内科などで相談することも選択肢になります。
思い通りにならないことを受け入れることと、つらい状況を我慢し続けることは別です。環境を変える必要がある場合もあれば、休養が必要な場合、治療が必要な場合もあります。
✨ 最後に
人生では、自分の努力だけではどうにもならないことがあります。
他人の気持ち。
過去。
偶然。
結果。
予期しない出来事。
それらをすべて思い通りにすることはできません。
しかし、その出来事に対して、これから自分がどう行動するかについては、選べる部分があります。
「なぜ思い通りにならないのか」と考え続けるところから、「では、ここから自分に何ができるだろう」へ。
その小さな視点の変化が、こころを少し楽にしてくれることがあります。
[1] Wegner DM, Schneider DJ, Carter SR, White TL. Paradoxical effects of thought suppression. Journal of Personality and Social Psychology. 1987;53(1):5-13. PMID: 3612492.
[2] Nolen-Hoeksema S, Wisco BE, Lyubomirsky S. Rethinking Rumination. Perspectives on Psychological Science. 2008;3(5):400-424.
[3] Ford BQ, Lam P, John OP, Mauss IB. The Psychological Health Benefits of Accepting Negative Emotions and Thoughts: Laboratory, Diary, and Longitudinal Evidence. Journal of Personality and Social Psychology. 2018;115(6):1075-1092. doi:10.1037/pspp0000157.
[4] Wrosch C, Scheier MF, Miller GE, Schulz R, Carver CS. Adaptive Self-Regulation of Unattainable Goals: Goal Disengagement, Goal Reengagement, and Subjective Well-Being. Personality and Social Psychology Bulletin. 2003;29(12):1494-1508. doi:10.1177/0146167203256921.
[5] Wrosch C, Miller GE, Scheier MF, Brun de Pontet S. Giving Up on Unattainable Goals: Benefits for Health? Personality and Social Psychology Bulletin. 2007;33(2):251-265. doi:10.1177/0146167206294905.
[6] Kashdan TB, Rottenberg J. Psychological Flexibility as a Fundamental Aspect of Health. Clinical Psychology Review. 2010;30(7):865-878. doi:10.1016/j.cpr.2010.03.001.