



「通勤しなくてよいので楽になった」「自宅の方が仕事に集中できる」という人がいる一方で、「一日中誰とも話さなくなった」「仕事とプライベートの境目がなくなった」「在宅勤務になってから気分が落ち込みやすい」という人もいます。
新型コロナウイルス流行を契機に急速に普及した在宅勤務・テレワークは、現在では一時的な感染対策ではなく、一つの働き方として定着しました。しかし、在宅勤務については「生産性が上がる」という研究もあれば、「逆に生産性が下がる」という研究もあります。
さらに近年は、離職率、仕事への満足度、孤独、うつ・不安などのメンタルヘルスについても研究が蓄積しています。
ここで重要なのは、「在宅勤務は良い」「出勤は悪い」と単純に分けられないということです。
研究を詳しくみると、完全在宅なのか、週1~2日のハイブリッド勤務なのか、仕事内容が一人で完結するのかチームワークが必要なのか、一人暮らしか家族と暮らしているのか、本人のメンタル状態はどうなのか、といった条件によって結果がかなり変わります。
💡この記事のポイント
在宅勤務には、通勤ストレスの軽減、柔軟な働き方、離職率低下という大きなメリットがあります。一方で、完全在宅が長期間続くと、孤立、運動不足、仕事と私生活の境界の消失、コミュニケーション不足が問題になることがあります。現在の研究を総合すると、多くの職種では「完全在宅か完全出社か」という二者択一より、適度なハイブリッド勤務が現実的な選択肢になりそうです。
在宅勤務の利点として最初に挙げられるのが、通勤時間がなくなることです。
片道60分通勤している人であれば、往復で毎日2時間を使っています。週5日勤務なら週10時間、月20日勤務なら約40時間です。これは単純計算すると、毎月ほぼ丸2日分の時間に相当します。
この時間がなくなることによって、睡眠時間を確保できたり、家族と過ごしたり、運動や趣味に時間を使ったりすることができます。
満員電車、渋滞、乗り換え、人混みなどの通勤そのものがストレスになっている人も少なくありません。そのため、在宅勤務によって心身の負担が軽くなる人がいるのは自然なことです。
2024年に科学誌Natureに掲載された研究では、中国の大手旅行会社Trip.comの社員1,612人を対象として、6か月間のランダム化比較試験が行われました。
対象者を、
に分けて比較しました。
その結果、ハイブリッド勤務を行った人では仕事への満足度やワークライフバランスが改善しました。
特に興味深いのは、通勤時間の長い人ほど在宅勤務の恩恵が大きい傾向がみられたことです。
つまり、在宅勤務の価値は「家で仕事ができる」ということだけではなく、通勤によって失われていた時間とエネルギーを取り戻せることにもあります。
企業側からみても、在宅勤務には大きなメリットがあります。その一つが離職防止です。
先ほどのNatureの研究では、6か月間の離職率が、
週5日出社:7.2%
週2日在宅:4.8%
となり、ハイブリッド勤務によって離職率が約33%低下しました。
特に離職率の低下が大きかったのは、女性、非管理職、そして通勤時間が長い従業員でした。
女性従業員だけを見ると、離職率は約9.2%から約4.2%となり、約54%低下していました。
また、往復の通勤時間が90分を超える従業員でも、離職率低下が大きい傾向がみられました。
これは企業経営の観点からも重要です。
社員一人が退職すると、求人広告、採用面接、研修、引き継ぎ、新しい社員が仕事に慣れるまでの生産性低下など、さまざまなコストが発生します。
在宅勤務を導入することで直接的に売上が増えなかったとしても、離職者を減らせることそのものが企業にとって大きな利益になる可能性があります。
在宅勤務について最も議論されるテーマが、業務効率・生産性です。
実は研究結果は一貫していません。
有名なのが、2015年にQuarterly Journal of Economicsに掲載された中国Ctrip社の実験です。
コールセンター従業員を在宅勤務とオフィス勤務に無作為に分け、9か月間比較しました。
すると、在宅勤務を行った従業員では仕事のパフォーマンスが13%上昇しました。
その内訳は、おおむね、
でした。
さらにこの研究でも離職率がおよそ半分になりました。
一人で集中して進められ、成果が数値化しやすい仕事については、在宅勤務との相性が良い可能性があります。
しかし、これは「どんな仕事でも在宅にすれば13%効率が上がる」という意味ではありません。
仕事内容によって、結果は大きく異なります。
一方、高度な知識労働では逆の結果も報告されています。
インドの大手IT企業で1万人以上の専門職を調査した研究では、完全在宅勤務へ移行した後、勤務時間は増えたにもかかわらず、時間当たりの生産性は8~19%低下しました。
一見すると不思議な結果です。
「以前より長く働いているのに、生産性は下がっている」からです。
研究者が詳しく分析すると、
といった変化がみられました。
つまり在宅勤務では、通勤時間がなくなる一方で、コミュニケーションのためのコストが増えることがあります。
隣の席の人に30秒質問すれば済んでいたことが、チャットを送り、返事を待ち、オンライン会議を設定するという作業になることもあります。
在宅勤務では「働いている時間」が増えても、「成果につながる集中時間」が必ずしも増えるわけではありません。
Microsoftの米国従業員61,182人を対象とした研究もあります。
メール、予定表、チャット、音声・ビデオ通話などのデータを調べたところ、全面的なリモート勤務への移行によって、社員同士のネットワークが固定化・分断化しやすくなったことが報告されました。
簡単に言えば、
「いつもの人とは話すけれど、それ以外の人とは話さなくなる」
という現象です。
オフィスでは、
といった偶然の交流があります。
オンラインでは、基本的に「用事のある相手」に連絡します。
そのため、短期的には効率的でも、長期的には新しい情報、人間関係、アイデアが入りにくくなる可能性があります。
特に、新人教育、マネジメント、企画、新規事業、研究開発など、人との相互作用から学ぶ仕事では注意が必要です。
それでは、在宅勤務はうつ病、不安、ストレスを増やすのでしょうか。
ここについては慎重な解釈が必要です。
これまでの研究では、
「在宅勤務をすると、うつ病の発症率が一律に○%上がる」
という単純な結論は出ていません。
2024年に発表されたリモートワークと健康についてのレビューでも、メンタルヘルスへの影響は研究によって異なり、良くなる人もいれば悪くなる人もいることが確認されています。
在宅勤務によって、
良い方向に働く要因
一方で、
悪い方向に働く要因
という問題があります。
つまりメンタルヘルスを左右しているのは、単なる「勤務場所」だけではありません。
この問題について、2026年6月には科学誌Scienceに非常に興味深い研究が掲載されました。
米国の全国規模の5つの調査を用い、2011~2024年の58万人以上のデータを解析した研究です。
研究者らは、コロナ禍の影響が極めて大きかった2020~2021年を除き、在宅勤務が可能な職種と、在宅勤務が難しい職種の変化を比較しました。
その結果、リモート勤務の増加は、
と関連していました。
研究者らは、リモートワークの増加が、2011~2019年と2022~2024年を比較した際の孤立と心理的苦痛の増加のおよそ3分の1を説明すると推定しています。
ただし、この研究から「在宅勤務をした人全員がうつ病になる」という結論を出すことはできません。
特に重要だったのは、一人暮らしの人で影響が強かったことです。
家族と生活している人の場合、在宅勤務になっても人との接触が完全になくなるわけではありません。
しかし一人暮らしで完全在宅となると、
「朝起きて仕事を始め、誰にも会わず、仕事を終え、そのまま夜になる」
という日が繰り返されることがあります。
本人は「通勤がないので楽」と感じていても、数か月、数年という単位では社会的交流が少しずつ減っている可能性があります。
日本でも興味深い研究があります。
約13,000人のデスクワーカーを調べた研究では、在宅勤務をしているかどうかだけでは、孤独との明確な関連は確認されませんでした。
しかし在宅勤務者の中で比較すると、週4日以上在宅勤務している人は、週1日在宅勤務の人より孤独を感じる可能性が約1.6倍になっていました。
さらに重要なのが、同僚や上司からのサポートです。
在宅勤務者では、同僚からの支援が少ない人は、支援が十分ある人と比較して孤独を感じる可能性が約4倍でした。
上司からの支援が少ない場合も、孤独との関連がみられました。
つまり、
「在宅勤務だから孤独になる」というより、「在宅勤務なのに人とのつながりを維持する仕組みがないこと」が問題
と考えた方がよいでしょう。
メールやチャットで業務指示だけを送るのではなく、
「最近困っていることはないか」
「仕事量は適切か」
「分からないことはないか」
という短いコミュニケーションが重要になります。
東京都内の企業で働く2,013人を対象とした日本の研究では、さらに興味深い結果が報告されています。
研究者らは、心理的苦痛の程度によって参加者を分け、在宅勤務の頻度と睡眠、仕事へのエンゲージメント、仕事の機能低下を比較しました。
その結果、心理的苦痛が少ない人では、在宅勤務の頻度が増えるほど仕事上の機能低下が少なくなる傾向がみられました。
一方、心理的苦痛が強い人では、睡眠などを含めると週1~2日程度の在宅勤務が比較的良好という結果でした。
研究者らは、心理的苦痛が少ない人では週5日以上の在宅勤務、心理的苦痛が強い人では週1~2日程度が最も良好である可能性を示しています。
ただし、この研究は横断研究であり、
「メンタル不調の人は必ず週2日まで」
という医学的基準ではありません。
むしろ重要なのは、同じ在宅勤務制度をすべての社員に一律に当てはめる必要はないという点です。
不安や抑うつが強い時には、在宅勤務によって職場ストレスを減らせる人がいる一方、外出や人との交流がさらに減って症状が悪化する人もいます。
精神科・心療内科の立場から注意したいのが、仕事と休息の境界がなくなることです。
出勤している場合には、
「会社を出る」
という明確な区切りがあります。
電車に乗る、駅から歩く、服を着替える、夕食を食べるといった行動を通して、脳が少しずつ仕事モードから生活モードへ切り替わります。
在宅勤務ではこの切り替えがありません。
朝から晩まで同じ机、同じパソコン、同じ部屋にいることもあります。
すると、
という状態になりやすくなります。
WHOとILOも、テレワークには柔軟性やワークライフバランス改善などのメリットがある一方、長時間労働、社会的孤立、身体活動低下、仕事と私生活の境界の曖昧化などに注意する必要があるとしています。
在宅勤務だからこそ、意識的に「仕事を終了する儀式」を作ることが大切です。
たとえば18時になったらパソコンを閉じる、仕事用端末を別の場所に置く、仕事後に散歩するなど、小さな区切りでも有効です。
在宅勤務では運動不足にも注意が必要です。
出勤している人は運動をしている意識がなくても、
自宅から駅まで歩く、駅の階段を上る、会社の中を歩く、昼食を買いに行く、会議室へ移動する、といった活動をしています。
これらは一つ一つは小さな運動ですが、1日を通すと相当な活動量になります。
在宅勤務になると、
「ベッドから机まで数メートル」
という生活になることがあります。
外出しなければ日光を浴びる機会も減ります。
精神科・心療内科の診療では、睡眠、運動、日中の活動量、生活リズムは非常に重要です。
在宅勤務で体調を崩しやすい人は、勤務そのものだけではなく、
を確認することが重要です。
現在までの研究をまとめると、在宅勤務には明確なメリットがあります。
✅ 在宅勤務の主なメリット
一方で、
⚠️ 在宅勤務の主なデメリット
となります。
そして2024年のNatureのランダム化比較試験で非常に興味深いのが、週2日在宅・週3日出社では離職率が約3分の1低下した一方で、業績評価や昇進、エンジニアのコード作成量について明らかな悪化が確認されなかったことです。
この結果は、
「在宅勤務のメリットを取り入れながら、出社による人間関係やコミュニケーションも残す」
というハイブリッド勤務の合理性を示しています。
もちろん最適な勤務形態は職種によって異なります。
一人で集中する仕事なら在宅勤務との相性が良く、教育、営業、企画、医療、マネジメントなど、人との相互作用が重要な仕事では出社の価値が高くなるでしょう。
在宅勤務は便利な制度ですが、生活環境が大きく変化します。
もし在宅勤務になってから、
といった変化がみられる場合には、勤務環境を一度見直してみることをおすすめします。
在宅勤務をやめる必要があるとは限りません。
週5日在宅から週2~3日在宅へ変更する、定期的に出社する、昼休みに外出する、仕事後に運動する、オンライン以外の人間関係を増やすといった工夫だけでも変化することがあります。
また、症状が数週間続き、仕事や日常生活に支障が生じている場合には、うつ病、適応障害、不安障害、不眠症などの可能性について精神科・心療内科へ相談することも選択肢になります。
🌿 まとめ
在宅勤務は、通勤時間を減らし、柔軟な働き方を可能にし、離職率を下げる可能性がある非常に有用な制度です。一方で、完全在宅が長期間続くと、孤独、コミュニケーション不足、運動不足、長時間労働、生活リズムの乱れといった別の問題が生じることがあります。大切なのは「在宅か出社か」という二者択一ではなく、仕事内容、通勤時間、家庭環境、人とのつながり、そして本人のメンタル状態に合わせて働き方を調整することです。研究データを見る限り、多くの人にとっては、在宅勤務の利便性と対面交流の双方を残すハイブリッド勤務が一つの有力な選択肢と考えられます。
※本記事は在宅勤務と健康に関する一般的な医学・研究情報を紹介するものであり、個々の方の診断や治療、勤務形態を一律に決定するものではありません。研究によって対象者、職種、在宅勤務の頻度、社会状況が異なるため、数値はすべての職場や個人にそのまま当てはまるものではありません。