



「毎日、上司に言われた仕事をこなしているだけ」「何のためにこの仕事をしているのか分からない」「やれと言われるから仕方なくやっている」。仕事をしていると、このような感覚になることがあります。
同じ8時間働いていても、自分で納得して取り組んでいる仕事と、誰かにやらされていると感じる仕事では、疲れ方が大きく違います。仕事量そのものはそれほど変わっていないのに、「最近なぜか仕事がものすごくつらい」と感じる場合、背景に「やらされ感」が強くなっていることがあります。
もちろん、仕事ですから、すべてを自分の好きなようにできるわけではありません。面倒な仕事、苦手な仕事、誰かがやらなければならない仕事もあります。しかし、人は「自分で選んでいる」「何のためにやっているか分かっている」「自分なりの目標がある」と感じられるだけでも、同じ仕事に対する心理的な負担が変わることがあります。
逆に、仕事の意味が分からず、自分で決められることもなく、努力しても誰からも認められない状態が続けば、仕事は徐々に「自分の活動」ではなく「やらされる作業」になっていきます。そして、その状態が長く続くと、意欲低下、疲労、不眠、抑うつ気分、仕事への強い拒否感などにつながることがあります。
💡この記事のポイント
仕事をつらくするのは、単純な「忙しさ」だけではありません。自分で決められない、目的が分からない、達成感がない、感謝や承認がないという状態も、心理的な消耗につながります。仕事を完全に好きになる必要はありませんが、仕事の中に少しでも「自分で選んでいる感覚」を取り戻すことは大切です。
「やらされる仕事」がつらくなりやすい理由を考えるうえで参考になる心理学の考え方に、自己決定理論(Self-Determination Theory:SDT)があります。
自己決定理論では、人が心理的に健康に活動するためには、特に自律性・有能感・関係性という基本的な心理的欲求が重要だと考えます。
この中でも「やらされる仕事」と特に関係するのが自律性です。
たとえば上司から、「理由はいいから、とにかくこれをやって」と仕事を渡されたとします。方法も期限も細かく決められており、自分の工夫を入れる余地もありません。しかも、なぜその仕事が必要なのかも説明されません。
このような状況では、仕事そのものが難しいかどうかとは別に、自分が仕事を動かしているのではなく、仕事に動かされているという感覚が強くなります。
一方で、同じ業務でも、「この仕事はこういう目的で必要です。期限は金曜日です。進め方は任せます」と言われると、受け取り方が変わります。完全な自由ではありませんが、自分で考えて進められる部分が残されています。
つまり、人は必ずしも「好きなことだけをしたい」のではありません。自分が納得して、自分の意思で動いているという感覚を必要としているのです。
仕事への動機は、大きく考えると自律的な動機と統制された動機に分けることができます。
自律的な動機とは、「面白いからやる」という場合だけではありません。「この仕事には意味がある」「自分にとって必要だ」「将来につながる」と本人が納得して取り組んでいる場合も含まれます。
一方、統制された動機とは、「怒られるからやる」「評価を下げられたくないからやる」「仕方なくやる」「周囲から責められたくないからやる」といった状態です。
自律的な動機
「この仕事は患者さんの役に立つ」「将来の自分のためになる」「自分なりに良いものを作りたい」
統制された動機
「上司に言われたから」「怒られたくないから」「評価を下げられたくないから」「仕方ないから」
仕事に関する自己決定理論の研究では、自律的な動機づけや心理的欲求の充足は、仕事への満足度、エンゲージメント、心理的健康などと関連し、反対に統制された動機づけや心理的欲求が妨げられる状態は、バーンアウトや離職などと関連することが繰り返し報告されています。
もちろん、「やらされていると感じたら必ずうつ病になる」という単純な話ではありません。精神的不調には、業務量、人間関係、睡眠、家庭環境、身体疾患、性格傾向など多くの要因が関係します。
しかし、仕事に対するコントロール感が極端に乏しい状態がメンタルヘルスにとって好ましくないことは、職場の心理社会的リスクを考えるうえで重要なポイントです。
WHO(世界保健機関)の「Mental health at work」でも、仕事上の裁量の乏しさ(low job control)は職場における心理社会的リスクの一つとして扱われています。
仕事をするときには、目標だけでなく目的も重要です。
似た言葉ですが、ここでは次のように考えると分かりやすいでしょう。
目的=「何のためにやるのか」
目標=「どこまでやればよいのか」
たとえば、「今日中に100件入力してください」という指示だけであれば、それは単なるノルマに感じるかもしれません。
しかし、「患者さんの待ち時間を短くするために、今日中に100件の情報整理を終わらせたい」と説明されると、仕事の意味が少し変わります。
作業の内容は同じでも、その先に何があるのかが見えると、人は行動を意味づけしやすくなります。
これは会社の壮大な理念を毎日意識しなければならない、という話ではありません。「この資料を作ることで誰が助かるのか」「この電話を一本かけることで何が進むのか」という程度でも構いません。
目的が分からない仕事が何十件も積み重なると、人は「意味のない作業を延々とやらされている」と感じやすくなります。
反対に、
「これは○○のためにやっている」
と自分の中でつながった瞬間、外から与えられた仕事が、少しずつ自分で納得して行う仕事に変わっていくことがあります。
人は、必ずしも好きな仕事だけをして生きているわけではありません。それでも「自分の仕事が誰かの役に立っている」「社会のどこかにつながっている」「自分の成長につながっている」と感じられることは、仕事を続けるうえで大切です。
心理学や組織行動学では、こうしたmeaningful work(意味のある仕事)について多くの研究が行われています。意味のある仕事は、仕事への意欲、コミットメント、ウェルビーイングなどとの関連が報告されています。
たとえば清掃の仕事であれば、単に「床を掃除する」と考えることもできます。しかし、「この場所を利用する人が気持ちよく過ごせるようにする仕事」と考えることもできます。
医療事務であれば、「カルテを整理している」だけではなく、「医師が診療に集中できるようにしている」と考えることができます。
会社員であれば、「数字をExcelに入力している」だけではなく、「経営判断に必要な情報を整えている」と考えることもできます。
同じ仕事内容でも、その仕事をどのような文脈の中に置くかによって、感じる意味は変わります。
ただし、ここには注意が必要です。
「意味のある仕事だから、どれだけ働いても大丈夫」というわけではありません。医療、介護、教育など、社会的意義を感じやすい仕事ほど、「人のためだから」と無理を続けてしまうこともあります。
仕事への意味や使命感は心を支えることがありますが、過重労働、ハラスメント、極端な人員不足、不合理な要求を正当化するものではありません。
目的が「なぜやるのか」だとすれば、目標は「どこまでやれば終わりなのか」を示します。
人は終わりの見えない仕事に疲れやすいものです。
「頑張ってください」
「もっと売上を上げてください」
「できるだけ早くしてください」
こうした曖昧な指示だけでは、自分がどこまでやれば達成なのかが分かりません。
一方で、
「今日はここまで終わらせる」
「午前中に3件対応する」
「今週はこの一つだけ改善する」
といった具体的な目標があれば、行動を整理しやすくなります。
目標設定に関する研究では、明確で具体的な目標は、仕事への集中や優先順位づけ、パフォーマンスなどに役立つことが示されています。ただし、目標は高ければ高いほど良いわけではありません。達成可能性がほとんどない目標を与え続けられると、「どうせ無理だ」という無力感につながることがあります。
✅ 良い目標の例
大きな目標よりも、自分で達成を確認できる小さな目標を作ることが重要です。
小さな達成が積み重なると、「今日も何をしたのか分からない」という感覚から、「今日はここまで進んだ」という感覚に変わっていきます。
これは自己決定理論でいう有能感を支えることにもつながります。
会社員であれば、「嫌なら全部やめる」「好きな仕事だけ選ぶ」というわけにはいきません。
そこで重要なのが、仕事そのものを選べなくても、仕事の中で自分が選べる部分を探すことです。
たとえば、
というような小さな選択でも構いません。
「上司から頼まれた」という事実は変わらなくても、
「この仕事の進め方については自分が決めた」
という部分が一つあるだけで、心理的な感覚は変わることがあります。
これは一般にジョブ・クラフティングという考え方とも関連します。ジョブ・クラフティングとは、与えられた仕事をただ受け身でこなすのではなく、自分なりに仕事内容、仕事の進め方、人との関わり方、仕事の意味づけなどを調整していく考え方です。
会社を変えなくても、部署を変えなくても、今の仕事の中で少しだけ「自分の仕事」にしていく余地は残されていることがあります。
仕事において、もう一つ非常に重要なのが感謝や承認です。
人は報酬だけで働いているわけではありません。
「助かりました」
「ありがとう」
「あなたがやってくれたおかげです」
「この部分、とても良かったです」
こうした短い言葉が、自分の仕事が誰かにつながっていることを確認させてくれます。
給料が振り込まれることはもちろん重要です。しかし、給与だけでは、「自分の仕事が具体的に誰の役に立ったのか」が見えない場合があります。
一方、「昨日作ってくれた資料、すごく分かりやすかったです」と一言言われると、それまで単なる作業だった仕事に意味が生まれます。
職場における感謝については研究も行われています。労働者を対象とした感謝介入のシステマティックレビューでは、感謝に関する取り組みによってストレスや抑うつなどが改善した研究が報告されています。一方で研究数はまだ多くなく、ウェルビーイングへの効果については結果が一致していないため、「感謝すればすべて解決する」とまでは言えません。
それでも、感謝には大きなメリットがあります。
それは仕事の結果を人とのつながりとして確認できることです。
「自分の仕事には意味がある」と頭の中だけで考えるより、誰かから「助かった」と言われる方が、仕事の意味ははるかに実感しやすくなります。
職場では、「自分は全然感謝されていない」と感じることがあります。
もちろん、本当に周囲からの承認が乏しい職場もあります。しかし、自分から感謝を言葉にすることで、職場の人間関係が少し変化する場合もあります。
「ありがとうございます」
「さっき対応してくれて助かりました」
「これをやってもらえると本当に楽です」
といった言葉です。
感謝は、特別なイベントの時だけに伝える必要はありません。
むしろ、
「コピー用紙を補充してくれた」
「電話を代わりに取ってくれた」
「忙しい時に声をかけてくれた」
といった日常の小さな行動に対して伝える方が、職場全体の関係性を支えることがあります。
また、自分の中で一日の終わりに、
「今日助かったことは何だったか」
「誰のおかげで仕事が進んだか」
「今日うまくいったことは何だったか」
と振り返る方法もあります。
実際、日本の労働者を対象とした研究でも、感謝を書き出したり表現したりするプログラムと、心理的苦痛や自己効力感などとの関連が検討されています。
ただし、ここでも重要なのは、感謝を義務にしないことです。
「会社に雇ってもらっているだけありがたいと思え」
「仕事があることに感謝しろ」
という言葉は、感謝というよりも服従を求める言葉になってしまいます。
本来の感謝は強制されるものではありません。
ここまで、目的、目標、自律性、感謝などについて説明してきました。
しかし、非常に重要なことがあります。
すべての仕事のつらさを、自分自身の考え方だけで解決しようとしてはいけません。
たとえば、
という環境であれば、「仕事の目的を考えてみましょう」「感謝を意識しましょう」だけでは不十分です。
本人のストレス対処だけではなく、業務量、勤務時間、人員配置、上司との関係、役割分担などの環境調整が必要になります。
WHOも職場のメンタルヘルス対策では、個人にストレス対処を求めるだけでなく、心理社会的リスクそのものを減らすための組織的介入を重視しています。
「自分の受け止め方が悪いからつらいんだ」と、すべてを自分の問題にしないことも大切です。
仕事への「やらされ感」が強くなってきた時には、次の5つを考えてみるとよいでしょう。
① 「何のための仕事か」を確認する
この仕事の先で誰が助かるのか、何につながるのかを考えてみます。分からなければ、上司に目的を確認しても構いません。
② 自分なりの小さな目標を作る
「今日全部終わらせる」ではなく、「午前中にここまで」「まず30分だけ」など、達成を確認できる目標に分けます。
③ 自分で決められる部分を一つ作る
順番、方法、時間配分など、小さなことで構いません。「ここは自分で決めた」という部分を増やします。
④ できたことを確認する
仕事は終わった瞬間から次の仕事が始まるため、達成したことを忘れがちです。「今日はこれを終えた」と確認する時間を作ります。
⑤ 感謝を受け取る・伝える
「ありがとう」と言われたら、「いえいえ」とすぐ打ち消さず、一度受け取ってみます。そして自分からも、周囲の小さな協力に感謝を伝えてみます。
この5つは、仕事を無理やり好きになるための方法ではありません。
仕事に奪われていた主体性、達成感、意味、人とのつながりを少しずつ取り戻すための方法です。
この問題は、働く本人だけの問題ではありません。
部下に仕事を依頼する側にもできることがあります。
たとえば、
「いいからこれをやって」
という指示と、
「来週の会議で必要なので、金曜日までにまとめてもらえますか。形式は任せます」
という依頼では、受け取る側の感覚は大きく違います。
自己決定理論に関する職場研究では、上司による自律性を支援する関わりが重視されています。
具体的には、
といった関わりです。
上司が仕事の目的を説明することは、単なる親切ではありません。
「なぜこの仕事をするのか」が理解できれば、部下は外から与えられた指示を自分なりに納得できる目標へ変換しやすくなります。
また、「ありがとう」「助かった」という言葉を伝えることも大切です。
報酬や評価制度があったとしても、人は日々の小さな承認を必要とします。
以前は普通にできていた仕事なのに、
「最近、何をするのも面倒」
「会社に行くだけで疲れる」
「仕事を始めようとしても頭が動かない」
「全部どうでもよくなってきた」
という状態になっている場合には、「やらされ感」だけではなく、すでに心身の疲労が蓄積している可能性も考える必要があります。
特に、
といった状態が続いているのであれば、単なるモチベーションの問題として片づけない方がよいでしょう。
適応障害、うつ病、不安症などでも、最初は「仕事に行きたくない」「やる気が出ない」という形で症状が現れることがあります。
「もっと目的意識を持たなければ」
「周りに感謝しなければ」
「自分が弱いだけだ」
と無理に自分を奮い立たせることで、かえって状態が悪化することもあります。
心身の症状が出ている場合には、まず休養や職場環境の調整が必要なのか、治療が必要な状態なのかを整理することが大切です。
「仕事は好きなことをすべきだ」と言われることがあります。
しかし、すべての人が好きなことを仕事にする必要はありません。
生活のために働くことも立派な理由ですし、「給料をもらうために働いている」という考え方も決して間違いではありません。
大切なのは、
「この仕事を自分はなぜやっているのか」について、自分なりに納得できていること
です。
「家族との生活を守るため」
「将来やりたいことの資金を作るため」
「この仕事を通じて技術を身につけるため」
「目の前のお客さんに喜んでもらうため」
「社会とのつながりを持つため」
理由は人それぞれで構いません。
他人から与えられた立派な理念よりも、自分が納得できる小さな理由の方が、実際には強いことがあります。
🌿 まとめ
仕事がつらい時、「仕事量が多いから」と考えがちですが、実際には自分で決められないこと、目的が見えないこと、達成感がないこと、誰からも感謝されないことも、人を消耗させます。
反対に、仕事の中に目的、目標、自律性、達成感、人とのつながりを少しずつ取り戻すことで、同じ仕事でも感じ方が変化する場合があります。
「やらされている仕事」を、いきなり「大好きな仕事」に変える必要はありません。「自分は何のためにこれをするのか」「今日は何を目標にするのか」「自分で決められる部分はどこか」を考えるだけでも、仕事をもう一度「自分の行動」に戻していくことができます。
そして、「ありがとう」と言われた時には、その言葉を受け取ってみてください。自分からも、誰かに「ありがとう」と伝えてみてください。仕事とは、本来、一人で完結するものではありません。自分の仕事が誰かにつながり、誰かの仕事が自分を支えていることに気づけると、日々の仕事の見え方が少し変わるかもしれません。
ただし、心身がすでに疲弊している場合には、考え方だけで乗り越えようとする必要はありません。眠れない、気分が落ち込む、仕事に行こうとすると強い不安や身体症状が出るといった状態が続く場合には、早めに精神科・心療内科などへ相談することも選択肢です。
※本記事は一般的な医学・心理学的情報の提供を目的としたものであり、個別の診断や治療を目的とするものではありません。症状や職場環境についてお困りの場合には、医療機関や勤務先の相談窓口などへご相談ください。