心のクリニック 医療コラム
2022年10月26日
『うつ病』について

◆うつ病とは

うつ病はストレスを原因とせず憂鬱な気分、興味・意欲の減退、考えが纏まらない等の精神症状と、不眠、易疲労感等の身体症状が一定期間以上続き、社会生活に支障が出る病気です。

年々患者数が増えている病気で、日本人の15人に1人が生涯のうちに1度は罹ると報告されており、決して珍しい病気ではありません。また、女性のほうが男性よりも1.6倍多いことが分かっています。

似たような症状をきたす疾患に適応障害がありますが、適応障害と異なり、ストレスから離れても、症状は速やかに改善しない場合が多くみられます。

 

◆うつ病の原因

うつ病は心の弱さが原因で発症するものではなく、病前性格に心理的ストレス等が重なり発症するとされます。うつ病は、脳内のセロトニン、ノルアドレナリン、ドパミンなどの精神的な安定を保つ神経伝達物質の不均衡が主な病態の一つと言われていますが、正確な病気のメカニズムについては判明していません。

 

◆うつ病の症状

①軽症の場合

「疲れが取れない」「何事に対してもやる気がでない」といった感覚があるものの、本人も「単なる疲れ」と感じてしまい放置されることが多くみられます。また、仕事や日常生活で他人とのコミュニケーションなどに違和感を覚えるつつも、自覚していない場合もあります。周囲の方も本人の変化にあまり気が付かない事もあります。

 

②中等症の場合

「やる気が出ない」感覚が徐々に出てきて、睡眠障害も見られます。そのため、仕事のパフォーマンスも低下してきて、他の人も違和感を覚える事が多いでしょう。本人も自力で頑張ってしまうこともあり、仕事ができない自分を責めてしまう場面も出てきます。

 

③重症の場合

仕事や日常生活や他人のコミュニケーションが、明らかに困難な程度になります。「自分はいなくなった方がよいのではないか」など希死念慮が出てくる場合もあります。実際に自殺行為(自殺企図)に至ってしまったり、入院が必要なケースも出てきます。

 

このように、重度になった場合「亡くなる可能性」もあるのがうつ病の特徴です。軽症の段階でいかに早く治療開始をするかが重要な疾患と言えます。

 

 

◆うつ病の診断

うつ病は、気分、行動・意欲、思考といった複数の精神症状が一定期間以上続かないと診断はできません。診断は主にICD-10 (国際疾病分類 第10版)というWHO(世界保健機関)の作成した世界的な診断基準、もしくはDSM-Ⅴ(精神疾患の診断・統計マニュアル)といった米国精神医学会の作成した診断基準に則って行います。

 

ICD-10(国際疾病分類 第10版)によると、うつ病の診断基準は以下の通りです。①②の内、複数の項目が2週間以上継続する事が必要で、いくつ当てはまるかによって、軽症、中等症、重症かが決まります。そして、うつ病に付随する典型的な身体症状を「身体性症状」と呼び、③に挙げたものが一般的です。

 

①典型的な抑うつのエピソード

A. 憂鬱な気分が続いている

B. 何に対しても興味や喜びの気持ちがおきない

C. 疲れがとれない・疲れやすい

②他の一般的な症状

1)集中力と注意力が落ちた

2)自己評価と自身が低下している

3)「生きている価値がない。」「まわりに迷惑かけている。」などと無価値観や罪責感がある

4)将来に対する希望のない悲観的な見方

5)自分を傷つけたり自殺したくなる考えや実際に行為をおこなう

6)睡眠がとれない

7)食欲がない

③身体性症状

a)ふつうは楽しむことができると感じる活動に喜びや興味を失う

b)ふつうの目覚めが普段より2時間以上早い

c)午前中に抑うつが強い

d)明らかな精神運動抑制あるいは焦燥が客観的にみられる

e)明らかな食欲の減退

f)体重減少(過去1年で5%以上)

g)明らかな性欲の減退

 

検査は補助的なものですが、自己記入式の質問紙(CES-D等)などを行います。

また、うつ症状をきたしている方には甲状腺機能低下症などのホルモンの異常が原因とする場合もありますので、初期の段階で血液検査を行い、これらの身体疾患によるものか否かを検査する事もあります。

 

※メディアで取り上げられているQEEG検査(定量的脳波検査)や光トポグラフィー検査などの画像法では、現段階では診断補助的な役割であり確定診断する方法には至っておりません。つまりこれらの検査を受け、「診断される」ということはありません。

 

◆うつ病の治療

うつ病の治療は薬物療法精神療法環境調整食事療法運動療法等の治療が用いられますが、1番大切な事は心と身体を休める事です。日本人は休む事に罪悪感を感じる方が多く、休息をとらない傾向が多いのですが、まずはしっかりと心と身体を休める事が必要です。

 

①基本的な治療について(通院治療)

抑うつ状態を改善するお薬の処方(抗うつ薬、抗不安薬等)と、患者様の回復状況に応じた心理・生活上のアドバイスを行います。抗うつ薬、抗不安薬は、できるだけ副作用の少ない薬を必要最小限投与するようにしております。また場合によっては、認知行動療法等を行うためにカウンセリングをお勧めする事もあります。

うつ病にみられる睡眠障害や食欲不振についても、休養や環境調整から始めることで、規則正しい充分な睡眠とバランスのとれた食事がとれるようになることが大切です。

セロトニンの分泌を促すには抗うつ薬を内服しながら、以下に挙げた事柄を継続する事が大切です。

 

・朝早い時間に日光を浴びる(しっかり睡眠をとり昼夜逆転しないように生活サイクルを安定させる)

日光を浴びる事で網膜が刺激され、セロトニンが分泌されます。特に起床してから30分以内に20-30分間、日光を浴びる事が重要です。室内の光では日光の明るさには到底及ばないため、あまり分泌されません。また、曇りの日でも室内の光の数倍の明るさがありますので、積極的に日光を浴びましょう。
人間の体内時計は1サイクル25時間とされ、メラトニンというホルモンが関係しています。メラトニンは脳内の睡眠誘発物質で、分泌が増えると眠気を感じます。朝起きて日光を浴びると、体内時計が正しくリセットされ、昼間のメラトニンの分泌が抑制されます。逆に夜にはしっかりとメラトニンが分泌されるようになります。これにより自然な眠りを誘い『概日リズム(1日の睡眠・覚醒のリズム)』を整える作用があります。

 

・適度なリズム運動を行う

運動に関しては、一定のリズムで行う運動がセロトニンの分泌を高めてくれます。具体的にはウォーキングやランニングなど中等度の運動を1週間に150分以上行う事が重要とされます。日光浴も兼ねて毎朝20-30分程度行うといった方法が良いでしょう。セロトニンが分泌されるのはリズム運動を始めて5分ほど経ってからなので一定時間続けることが大切です。20-30分程度でピークになり、ピーク状態は2時間ほど続きますが運動をし過ぎて疲れてしまうと分泌が減っていきます。そのためリズム運動をする時は1回につき20-30分を意識しましょう。これらの運動が難しいという方は、毎朝の散歩から始めて、徐々に体を慣らしていきましょう。
また、有酸素運動を行うと、成長ホルモンが分泌されます。成長ホルモンは脂肪燃焼、睡眠の質向上、疲労回復、免疫力アップなど体に良い効果がたくさん認められていますので、運動を積極的に行いましょう。

 

・3食バランスの取れた食事をしっかり咀嚼して食べる

セロトニンの材料となるのが、たんぱく質に多く含まれるトリプトファンという必須アミノ酸です。肉・魚・大豆・乳製品・バナナ・ナッツ類にたんぱく質が多く含まれるので、これらの食材をとることでトリプトファンを摂取することができます。また、トリプトファンからセロトニンを生成する為にビタミンB群やビタミンC、亜鉛などの成分が必要となるので、これらの栄養も一緒に取る事が重要です。
イワシやサンマなどの青魚に多く含まれるEPA、DHAは近年、うつ病の改善にも有効であるとの報告がされています。これらを意識して食生活を変えてみるもの大事な治療になります。
普段の食事で、ある程度歯ごたえのある硬さの食材を選び、噛む事を意識しながら食べるだけでも、セロトニンの分泌に効果的とされます。食事はもちろん、ガムを噛むということも有効です。ガムを20分間しっかり噛み続けると、セロトニン分泌が増加したという研究データもあります。
「食事が重要なのは分かるけど食欲がない」という方もいると思います。そういう場合はバナナやヨーグルトを1つ食べるだけで構いませんので、3食食べる習慣を維持しましょう。

 

・人との交流を持つ

人間は誰かを喜ばせたり、誰かの役に立つことで自身も幸福や充足感を得ます。友人とおしゃべりする、家族団欒を楽しむ、ペットと触れ合うといった行為はオキシトシンというストレスを癒すホルモンを分泌します。仕事などで多少のストレスがあっても安定した人間関係があったおかげでメンタル的に支えられた、という経験はありませんか?それだけオキシトシンはメンタルの安定にとって重要なのです。
オキシトシンは人に親切にしたり、逆に親切にされた時にも分泌されます。たとえ親密な関係が無い相手であっても積極的に交流を持つようにしましょう。誰かと関わる事が難しければ、家族やお店のスタッフさんとの簡単な挨拶からスタートすると良いでしょう。

 

・何かしら行動を起こす
「やらなきゃいけないのは分かっているけど、やる気が出ません。」と悩む人は非常に多いです。「やる気スイッチ」を押して瞬時に行動できたらどんなに楽な事でしょうか。実は脳には側坐核という「やる気スイッチ」に当たる部分が存在します。一定以上の刺激を与える事で側坐核からドーパミンというホルモンが分泌され、これによりやる気が湧いてきます。では “一定以上の刺激を与える” 為にはどうしたら良いのでしょうか。それは “実際にやってみる” 事で十分です。「それが出来たら苦労しないよ。」と思うかもしれませんが、それが側坐核の仕組みなのです。簡単な作業で良いので「5分だけやってみる」事でドーパミンの分泌を促せます。
そしてこのドーパミンは、何かを達成する度に分泌されます。ですので大きくて大変な1つのタスクを敢えて細かく小さなタスクに分解してあげる事でドーパミン分泌の回数を増やす事ができます。また、タスクは全てToDoリスト・目標設定として紙に記載する事で視覚化し、よりドーパミンの分泌を促す事が出来ます。

 

・嫌な事を忘れる
仕事で失敗した等、嫌な出来事が頭の中に残って離れないような事がありませんか?そんな時どのような行動を取るでしょうか。多くの人は誰かに相談をしたり、愚痴をこぼしたりします。しかし何度も繰り返し話してしまうと、嫌な出来事の記憶は強烈に記憶され、忘れられない状態になってしまいます。とは言え、「嫌な出来事を誰にも言わずに心に留めておく」事は非常にストレスが掛かります。ですので、嫌な出来事があった場合、“1回だけ話してお終いにする” 事が大切です。1回で終わらせる事で記憶も強化されませんし、ストレスの発散にも繋がります。
それでも嫌な出来事が頭から離れませんという人は、意識的に良い出来事を考えましょう。友人と遊びに行ったり、趣味に没頭する等も良いです。そういった良い出来事について日記など文字にして記載すると、ポジティブな記憶が強化されやすいです。また、人間はマルチタスクが出来ません。良い出来事を考えている限り、嫌な出来事は思い出されません。つまり、良い出来事を考える事で、嫌な出来事を頭の中から追い出す事が出来ます

 

②長期化、重症化した場合について(入院治療)

長期化(遷延化)したうつ病の患者さんには、休養目的の入院治療への切り替えも選択肢のひとつです。入院生活によって睡眠や食事などの生活リズムが整いやすく、服薬管理をしてもらえるので規則的になります。さらに、精神科リハビリテーションの専門職が介入して、軽い運動なども行えますので、睡眠や食事に好循環をもたらす事が期待されます。また、入院治療においては職場や学校、家族とも一定の距離を置く事ができ、患者さんへの刺激を可能な限り遮断する事で心身ともに充分な休息をとる事ができ、新たな治療の方向性を見出す可能性もあります。

 

③その他の治療法について(当院では対応しておりません)

・修正型電気けいれん療法(mECT)

薬でなかなか治らない方、薬の副作用が強く出るために治療が難しい方などは修正型電気けいれん療法(mECT)が適応になる場合があります。基本的には入院して行います。

・反復経頭蓋磁気刺激法(rTMS)

近年注目されている治療法として経頭蓋磁気刺激法(rTMS)があります。コチラは抗うつ薬の適切な薬物療法で充分な改善が得られず、中等症以上のうつ病の診断を受けている患者さんに限られます。多くの場合が保険適応外で行われており、非常に高額です。

・経頭蓋直流電気刺激療法(tDCS)

はっきりした効果が実証できず、日本国内・欧米共に認可されておりません。

・高照度光療法

季節性うつ病や高齢者のうつ病、概日リズム睡眠障害などに有効であるとされます。一般的なうつ病に有効かどうかの一定の結論は出ていませんが、効果が期待されます。国内では『ブライトライトME+』などの商品が発売されおり、インターネット等で購入できます。

 

◆うつ病の再発予防

うつ病が治ったと思い、自己判断で薬を飲む事を止めて、再び症状が悪化してしまう事が多くあります。抗うつ薬の目的として「うつ病の治療」は当然ですが、その後の「再発予防」としての側面もあります。初めてうつ病になった方では、50%に再発があると言われています。また、再発を繰り返すことで慢性化することが知られており、2回目は70%、3回目は90%と再発の可能性が上がります。

そのため、日本うつ病学会の治療ガイドラインには、

 ・初発の方では症状改善後、9ヶ月の服薬が必要

 ・再発の方では症状改善後、3年の服薬が必要

と再発予防のための服用継続期間を示しています。

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