心のクリニック 医療コラム
2025年11月16日
穏やかに気持ちを伝える「アサーション」という選択

感情を抑え込んでばかりいると、ストレスや不安は心と体の中でじわじわ膨らみます。一方で、思ったことをそのままぶつけてしまうと、人間関係のトラブルや後悔につながりがちです。この間をつなぐ「穏やかに伝える力」が、心理学ではアサーションと呼ばれます。自分も相手も大切にしながら率直に気持ちを伝える技術は、心の負担を軽くし、職場ストレスや睡眠の乱れの改善にもつながります。

アサーションの基本は、「事実」「気持ち」「お願い」を分けて言葉にすることです。例えば、仕事を抱え込みすぎていると感じたとき、「最近、締め切り直前の依頼が続いています(事実)。そのたびに残業になり、家に帰っても緊張が抜けず寝つきが悪くなっています(気持ちや影響)。今後は、急ぎの案件は事前に共有していただけると助かります(具体的なお願い)」といった形です。責める口調を避け、落ち着いた声で短く伝えるのがコツです。

とはいえ、感情が高ぶっている瞬間に落ち着いて話すのは簡単ではありません。そのために役立つのが、マインドフルネスや認知行動療法の考え方です。イライラや不安が強い時は、まず深呼吸でからだの緊張をゆるめ、「いま、どんな考えが頭をよぎっているか」「どんな感情が一番強いか」を心の中でラベルづけしてみましょう。「また嫌われるに違いない」「全部自分が悪い」といった自動的な考えに気づくことで、感情の波から半歩距離をとることができます。そのうえで、「本当はどうしたいのか」「どんな関係を守りたいのか」と自分に問いかけることで、衝動的な言い方を選びにくくなります。

日常生活の中では、「怒りの温度計」をイメージしてみると役に立ちます。イライラが10点中3〜4点くらいのうちに、「さっきの言い方だと少し傷つきました」「今は集中したいので、あとでゆっくり話してもいいですか」といった短いフレーズで気持ちを伝えてみましょう。7〜8点まで溜め込んでから爆発させるより、こまめに小出しにするほうが、結果的に人間関係も自分のメンタルも守られます。就寝前に出来事を振り返り、「伝えられたこと」「本当は伝えたかったけれど我慢したこと」を数行メモするだけでも、こころの整理と休息の質の向上に役立ちます。

アサーションは、一度完璧に身につけるものではなく、小さな練習の積み重ねです。まずは言いやすい場面から始めてみてください。「カフェでの注文で、してほしいことをはっきり伝える」「家族に、今日は疲れているので早めに休みたいと伝える」など、日常のささやかな場面で十分です。少しずつ成功体験を重ねることで、「伝えても大丈夫なんだ」という感覚が育ち、職場でのお願いや、休職・復職に関する相談など、少し重いテーマも話しやすくなっていきます。

つらさを抱えたまま一人で我慢し続ける必要はありません。言葉にしきれないモヤモヤや、職場や家庭での人間関係の悩み、眠れない夜が続くときなどは、専門家と一緒に整理することで、心が軽くなることがあります。