「ちょっとした一言で落ち込む」「職場でイライラが止まらない」「家に帰っても頭の中で会話をリピートしてしまう」。外来でも、感情のコントロールについてのご相談を受けることが増えています。うつ病や不安障害、適応障害などのメンタル不調とも深く関わるテーマです。
最近の心理学や脳科学では、「感情を上手に扱う力」は、生まれつきではなくトレーニングで高められる“スキル”だと考えられています。この力はしばしば「感情の知性」「EQ」などと呼ばれ、ストレスの受け止め方や人間関係の質、仕事のパフォーマンスにも影響するとされています。
感情の知性には、大きく四つの要素があります。
①今の自分の感情に気づく力
②感情と行動のつながりを理解する力
③相手の気持ちを想像する力
④気持ちを調整し、長期的に望む方向へ行動を選び直す力
どれも特別な性格ではなく、「使い方を学ぶ力」です。
では、日常生活でどのように鍛えていけばよいでしょうか。
まずは「ラベリング」を試してみましょう。モヤモヤしたときに、心の中で「今、私は不安を感じている」「本当は悲しい」「疲れてイライラしている」などと言葉を当てはめてみます。感情に名前をつけるだけで、脳の興奮が少し落ち着き、衝動的な言動を防ぎやすくなることが分かっています。
次に、「感情メモ」をつける方法です。1日に1〜3回、時間と出来事、感じたこと、取った行動を書き出してみます。
例)
・10時 会議で意見を言えなかった → 恥ずかしさと不安 → 黙ってしまった
・19時 同僚の一言でイラッとした → 怒りと寂しさ → スマホを長時間いじった
こうして眺めると、「ある感情のときに、いつも同じ行動をしている」パターンが見えてきます。
パターンが見えてきたら、「別の一手」を準備します。
・不安が強いときは、深呼吸を3回してからメールを書く
・怒りを感じたときは、その場で返信せず、一度席を立って歩く
・疲れているときは、スマホではなく温かい飲み物を飲む
など、行動の選択肢をあらかじめ決めておきます。感情をゼロにする必要はなく、「感じながらも壊れにくい行動を選ぶ」ことが目的です。
また、感情の知性は対人関係の中で特に鍛えられます。相手の表情や声のトーンから「この人はいま、どんな気持ちだろう?」と一瞬立ち止まって想像し、「そう感じているんですね」と気持ちに言葉を返してみる。これだけでも、職場や家庭のコミュニケーションが柔らかくなり、ストレスの伝染を防ぐ助けになります。
うつや不安、パニック、職場のストレスなどで心療内科・精神科を受診される方の中には、感情の扱い方を少し学ぶだけで、症状の波が穏やかになる方も多くいらっしゃいます。一人で抱え込むより、専門家と一緒に自分の感情のパターンを見える化し、行動の選択肢を増やしていくことが、長期的なメンタルケアにつながります。