心のクリニック 医療コラム
2025年10月23日
不眠症についての総合コラム

不眠症についての総合コラム

不眠症とは

睡眠は心身の健康を保つ基本です。ところが、現代の日本では3〜5割の人が一過性の不眠症状を経験し、約1割の人が慢性不眠症に悩まされています。不眠症は女性に多く、加齢とともに増加し、 「日中に休養感が得られない」「強い眠気」「集中力低下」 など生活の質(QOL)に深刻な影響を与えます。慢性的な不眠は心血管疾患や糖尿病、うつ病などのリスクを高め、事故や労働生産性の低下につながるため、早期の対処が必要です。

不眠症の定義と診断基準

不眠症は、単に睡眠時間が短い状態ではなく、次の要素がそろって初めて診断されます。

  1. 夜間症状 – 眠りに関する問題(入眠困難、睡眠維持困難、中途覚醒、早朝覚醒、熟眠困難)が週3日以上続きます。
  2. 日中の機能障害 – 夜間の不眠により、日中に強い眠気や倦怠感、注意力や記憶力の低下、仕事や学業のパフォーマンス低下、気分の悪さなどが起こります。
  3. 持続期間 – 症状が3か月以上続く場合は「慢性不眠症」、3か月未満は「短期不眠症」と分類されます。
  4. 十分な睡眠機会がある – 就寝時刻や睡眠環境が適切であるにもかかわらず眠れない状態です。

このような状態が3か月以上続き、日中の生活に支障をきたす場合は医療機関での診断が推奨されます。

不眠症のタイプ

不眠症は症状によって次の4つに分類されます。

タイプ 具体的な症状 説明
入眠障害 寝床についても30分〜1時間以上眠りにつけない 最も訴えの多いタイプで、緊張や不安が原因となることが多い
睡眠維持障害/中途覚醒 いったん眠りについても夜中に何度も目が覚める 加齢やうつ病・睡眠時無呼吸症候群などの併存疾患で増加します
早朝覚醒 希望より2時間以上早く目覚めて再度眠れない 高齢者やうつ病患者に多い
熟眠障害 睡眠時間は確保しているが熟睡感が得られない 睡眠が浅く休んだ気がしない状態。うつ病や摂食障害など精神疾患でしばしばみられます

上記のタイプは複数同時に現れることがあり、原因も重複します。

不眠症の疫学とリスク

国や研究によって定義が異なるため有病率は幅がありますが、日本では約30〜48%の成人が何らかの不眠症状を経験していると報告されています。一方、診断基準を満たす不眠症は5〜10%程度とされます。全国調査では入眠困難8.3%、中途覚醒15.0%、早朝覚醒8.0%で、いずれかの不眠症状を訴えた人は21.4%でした。別の調査では、不眠の有病率は加齢とともに増加し、女性で男性の約1.4倍多いことが報告されています。離婚・低所得・運動習慣の欠如・心理的ストレスなどの社会的要因も不眠に関連します。

睡眠で休養が取れていない人の割合は21.7%(2018年国民健康・栄養調査)で2009年以降増加しています。睡眠不足の自覚は男女とも約30%に及び、仕事や学業、家庭生活への悪影響が懸念されています。

不眠症による健康への影響

睡眠は心身を修復する重要な時間であり、不眠症が続くと身体疾患や精神疾患のリスクが高まります。主な影響は次のとおりです。

  • 心血管疾患のリスク上昇 – 長期の研究では、入眠困難で心血管病リスクが9%、中途覚醒で7%、早朝覚醒で13%増加しました。3つの症状をすべて持つ人は心臓病、虚血性心疾患、虚血性脳卒中のリスクがさらに高くなります。
  • 生活習慣病とメンタルヘルス – 不眠は高血圧、糖尿病、肥満、心疾患、脳血管疾患、胃潰瘍など多くの身体疾患と関連し、精神疾患ではうつ病や不安障害と相互に関係し、うつ病発症リスクを約2倍に高めます。
  • 事故やパフォーマンス低下 – 不眠による眠気は交通事故や産業事故の誘因となり、認知機能や判断力の低下によって業務効率が下がります。
  • 情緒やQOLの低下 – 不眠は気分の落ち込みやイライラを誘発し、生活満足度や人間関係に悪影響を及ぼします。

不眠症の原因

不眠症は単一の疾患ではなく、さまざまな要因が複雑に絡み合って発症します。以下では主要な原因をカテゴリー別に紹介します。

1. 生理的・環境要因

  • 睡眠環境の問題 – 枕や寝具が合わない、室温・騒音・明るさが適切でない、ベッドでのスマホ使用などが眠りを妨げます。交代勤務や時差による体内時計の乱れも不眠の原因です。
  • カフェイン・ニコチン・アルコール – 寝る前に摂取すると覚醒作用が強まり寝つきを悪くします。アルコールは入眠を促すように感じますが、夜間の覚醒が増え睡眠の質を下げるため逆効果です。
  • 昼寝や床上時間の長さ – 不眠を補うために寝床に長く居続けると睡眠が浅くなり、かえって入眠困難や熟眠障害が悪化します。長い昼寝は夜間の睡眠を妨げることが知られています。

2. 心理的要因

  • ストレスや心配事 – 仕事や人間関係、経済問題などのストレスは一時的な不眠の最大の誘因です。不眠が続くと「眠れないことへの不安」自体がストレスとなり、過覚醒状態を招いてさらに眠れなくなる悪循環に陥ります。

3. 身体的要因

  • 身体疾患による症状 – 高血圧や心疾患による息苦しさ、呼吸器疾患の咳や喘息発作、関節リウマチや怪我による痛み、湿疹や蕁麻疹によるかゆみ、腎臓病の頻尿などが睡眠を妨げます。
  • 更年期・妊娠・月経など女性特有の要因 – ホルモンの変動により睡眠維持が難しくなることがあります。メノポーズ期のホットフラッシュや夜間の発汗も不眠を誘発します。

4. 精神医学的要因

  • うつ病・不安障害・双極性障害 – これらの精神疾患では入眠困難や早朝覚醒が非常に多く、90%以上の患者が不眠を訴えると報告されています。うつ病では不眠が発症リスクを2倍に高め、一方で不眠がうつ病の結果として現れる場合もあります(双方向の関係)。

5. 薬理学的要因

  • 薬物の副作用 – ステロイド、抗うつ薬、甲状腺ホルモン、β刺激薬などは覚醒作用や神経過敏を引き起こし、不眠症状を誘発することがあります。夕方以降のカフェイン含有薬やエフェドリン含有薬にも注意が必要です。

診断方法

不眠症の診断には、問診による睡眠習慣の把握と日中症状の評価が中心となります。医師は睡眠日誌を1〜2週間記録してもらい、入眠時刻・起床時刻・覚醒回数・日中の眠気を確認します。睡眠時無呼吸症候群やむずむず脚症候群、概日リズム睡眠障害など他の睡眠障害を除外するために、ポリソムノグラフィー(終夜睡眠ポリグラフ検査)やアクチグラフィー(腕時計型加速度計)などの検査が行われることもあります。

不眠症の治療戦略

治療は原因の除去と生活習慣の改善を基本とし、心理療法や薬物療法を組み合わせて行います。日本睡眠学会や欧米のガイドラインでは認知行動療法(CBT‑I)が第一選択であり、薬物療法はCBT‑Iが実施できない場合や効果不十分の場合に考慮されます。

1. 睡眠衛生と生活習慣の改善

睡眠ガイドと睡眠環境

  • 睡眠時間の確保 – 健康づくりのための睡眠ガイド2023では、成人は6時間以上の睡眠を目安とし、長時間の床上滞在(8時間以上)や長い昼寝を避けるよう推奨しています。小学生は9〜12時間、中高生は8〜10時間の睡眠が理想で、朝に光を浴び運動や朝食で体内時計をリセットすることがすすめられています。
  • 睡眠5か条 – 厚生労働省の「こころの耳」サイトでは、①十分な睡眠時間の確保、②静かで暗く涼しい寝室環境の整備、③日中の身体活動と朝食で体内時計を整える、④カフェイン・喫煙・アルコールを控える、⑤睡眠に問題があるときは専門家に相談する、といった5つの原則を示しています。
  • 睡眠衛生の具体策 – 寝る前にスマホやパソコンを使いすぎない、就寝前のカフェインや大量飲酒を避ける、適度な運動を日中に行う、毎日同じ時間に起きる、寝床は眠るためだけに使う、寝室を暗く涼しく保つ、眠れないときは一旦ベッドを出てリラックスしてから戻る、といった行動が推奨されます。特に高齢者は床上時間を短くし、昼寝を30分以内に抑えることが重要です。

ストレスマネジメント

ストレスや不安を解消するため、日中はこまめに休憩をとって運動や趣味で気分転換を図り、寝る前は読書や軽いストレッチ、入浴などリラックスできる時間を持つことが勧められます。嗜好品としてのアルコールやタバコは短期的にはリラックス効果がありますが、不眠を悪化させるので避けましょう。

2. 認知行動療法(CBT‑I)

CBT‑Iは不眠症の基本的な治療法で、睡眠衛生指導に加えて認知療法・行動療法を組み合わせた心理療法です。2024年に国立精神・神経医療研究センターや大学研究グループが実施した要素ネットワークメタ解析では、睡眠制限法刺激統制法認知再構成マインドフルネスが睡眠改善に有効であり、睡眠衛生指導のみでは効果が示されないことが明らかになりました。この研究は世界最大規模(241試験、3万1452人参加)のメタ解析であり、CBT‑Iが睡眠薬より有効で安全であると示しています。

CBT‑Iの代表的な要素は以下のとおりです。

  • 睡眠制限療法 – 実際の睡眠時間に合わせて床にいる時間を短くし、睡眠の効率を高めていく方法。眠りが深まるまで床上時間を徐々に延ばします。
  • 刺激統制法 – ベッドは「眠る場所」であるという条件づけを再学習する方法。眠れないときはベッドから出て、眠くなったら戻ります。寝室では睡眠や性交以外の活動を避けます。
  • 認知再構成 – 「眠らなければならない」といった誤った信念や睡眠に対する不安を修正し、眠れなくても過剰に気にしない思考法を学びます。
  • リラクゼーション法とマインドフルネス – 呼吸法や筋弛緩法、瞑想などで心身を落ち着かせます。
  • 睡眠日誌 – 自分の睡眠パターンを記録し、行動計画の効果を確認します。

通常のCBT‑Iは6〜8回のセッションで行われます。専門家が不足している地域ではデジタルCBT‑Iが普及しており、スマホアプリやオンラインプログラムによる自己管理型治療が利用できます。2024年に日本で薬事承認された「サスメド Med CBT‑i 不眠障害用アプリ」は、7日間の睡眠衛生指導と睡眠日誌、8週間のCBT‑Iを提供し、AIスクリーニングによる不眠検査を週1回行うプログラムです。ただし、アプリは医師の管理下で使用し、対面CBT‑Iとの併用が望ましいとされています。

デジタルCBT‑Iの新しいアプローチ

2025年初めに報告された無作為化試験では、段階的ケア戦略(デジタルCBT‑Iから開始し、効果不十分な患者のみ対面CBT‑Iへステップアップ)が検証され、デジタルのみの介入より不眠症状と睡眠薬使用量が大きく減少しました。専門家のリソースを有効活用しながら患者ごとのニーズに応じた治療を提供する新しい方法として注目されています。

また、長期使用したベンゾジアゼピンを安全に中止するためのマスク減量法(漸減プラセボ法)の研究では、標準的な減薬に比べ6か月後の中止率が高かった(73%対59%)と報告されています。CBT‑Iと組み合わせることで減薬に成功しやすいことが示唆されました。

3. 薬物療法

CBT‑Iで効果が不十分な場合や重症例では、医師が睡眠薬を処方します。しかし薬物療法は副作用や依存のリスクがあるため、短期的かつ最小限の使用が原則です。主な薬剤と特徴は以下のとおりです。

  • ベンゾジアゼピン系薬 – トリアゾラム(ハルシオン®)など。即効性があり不安の軽減にも有効ですが、長期服用により耐性や依存が起こりやすく、認知機能低下や転倒リスクが懸念されます。原則として数週間以内の使用に限り、中長期使用は他剤への切り替えや減量が推奨されます。
  • 非ベンゾジアゼピン系薬 – ゾルピデム(マイスリー®)、エスゾピクロン(ルネスタ®)など。ベンゾジアゼピンより依存性が少なく認知機能への影響も軽減されますが、夜間行動(寝ぼけて歩く)等の副作用が報告されています。
  • メラトニン受容体作動薬 – ラメルテオン(ロゼレム®)は体内時計を整えるホルモン「メラトニン」の作用を模倣し、概日リズム異常や高齢者の入眠障害に適しています。依存性が少ないため長期使用が可能ですが効果発現に数日かかる場合があります。
  • オレキシン受容体拮抗薬 – スボレキサント(ベルソムラ®)、レンボレキサント(デエビゴ®)、ダリドレキサント(クビディアン®/クビビック®)。覚醒を促す神経伝達物質「オレキシン」の作用を抑制して睡眠を促します。2024年に日本で発売されたダリドレキサントは、睡眠の質と日中の機能を改善し依存性が低い新薬で、睡眠維持や中途覚醒に特に有効とされています。一般的な副作用は鼻咽頭炎や頭痛程度で、翌朝の眠気が軽いことが利点です。
  • 抗うつ薬・抗ヒスタミン薬・抗てんかん薬 – うつ病や不安障害を伴う不眠に対して抗うつ薬(ミアンセリンなど)や抗ヒスタミン薬(ドキシラミン)を用いることがありますが、日中の眠気や体重増加など副作用に注意が必要です。

睡眠薬は適応や体質に応じて医師が選択します。自己判断で服用量を増やしたり突然中止することは危険です。基本は最小有効量を短期間使用し、減薬時は医師と相談しながら徐々に減らしましょう。

4. 補完代替療法

  • リラクゼーションやアロマテラピー – 心身を落ち着かせるリラクゼーション法(深呼吸、筋弛緩法、アロマ)や音楽療法は睡眠の質を向上させる可能性がありますが、科学的証拠は限定的です。
  • マインドフルネス瞑想 – 注意を「今ここ」に向ける瞑想は、睡眠に対する不安を和らげ睡眠時間を延ばす効果が報告されています。CBT‑Iに含まれることが多く、単独でもセルフケアとして有効です。
  • 漢方薬 – 抑肝散や酸棗仁湯などが不眠に処方されることがありますが、エビデンスは限られるため医師の指導のもと利用します。

治療の流れと受診の目安

  1. セルフケアと睡眠日誌 – まずは睡眠衛生や生活習慣を整え、2〜4週間睡眠日誌を付けます。規則正しい起床・就床時刻、日中の活動量確保、飲酒・カフェインの制限などを実践します。
  2. 専門医への相談 – セルフケアを行っても週3日以上の不眠が1か月以上続く、日中の眠気や倦怠感が強い、うつ病や睡眠時無呼吸症候群など他の疾患が疑われる場合は専門医を受診しましょう。医師は睡眠日誌や問診、必要に応じて検査を行い診断します。
  3. CBT‑Iの導入 – 診断後は認知行動療法を中心に治療を進めます。クリニックやオンラインプログラムでの実施、医師や臨床心理士の指導のもと睡眠制限法や刺激統制法を学びます。
  4. 薬物療法 – CBT‑Iで効果不十分な場合は睡眠薬の併用を検討します。処方に際しては、薬剤の種類や副作用、他の服薬との相互作用を医師とよく相談しましょう。
  5. フォローアップ – 治療中は定期的に医師の診察を受け、睡眠日誌や検査結果を共有します。症状が改善しても再発予防のため生活習慣の維持とストレス管理を続けます。

まとめ

不眠症は、入眠困難や途中覚醒、早朝覚醒などの夜間症状と、日中の眠気や集中力低下などの機能障害が持続する睡眠障害です。日本では約5人に1人が不眠症状を抱えており、有病率は年齢や性別、生活習慣によって異なります。慢性化した不眠は高血圧や糖尿病、心血管疾患、精神疾患のリスクを高め、交通事故や労働生産性低下など社会的損失も大きいため、早めの対処が必要です。

不眠症の治療は、睡眠衛生の見直しやストレス管理といった生活習慣の改善が基本です。さらに、睡眠制限法や刺激統制法、認知再構成を含む認知行動療法(CBT‑I)が国際的に第一選択とされ、睡眠薬よりも高い有効性と持続効果が示されています。薬物療法は必要に応じて短期的に使用し、新しいオレキシン受容体拮抗薬やメラトニン受容体作動薬が安全性の高い選択肢として注目されています。

寝付けない夜が続いたり、日中の眠気で仕事や勉強に支障が出ている場合は、自己判断せずに専門医に相談しましょう。早期の介入で睡眠の質を改善し、心身の健康を守ることができます。適切な情報と治療法を取り入れて、質の高い睡眠と豊かな生活を手に入れてください。