心のクリニック 医療コラム
2025年11月15日
不安があっても前に進める「価値ベースの小さな一歩」

「やる気が出ないのに、動かなきゃいけない」。そんな板挟みの感覚で消耗していませんか。気分が上がるのを待っていると、一日があっという間に終わってしまいます。最近の心理学では、「気分」よりも「自分が大切にしたい価値」を行動のコンパスにする考え方が注目されています。

ここで言う「価値」とは、成果や評価ではなく、「どんな生き方を大事にしたいか」という方向性です。例えば「家族を大切にしたい」「誠実に仕事をしたい」「健康を守りたい」といったものです。テストの点数や売上のようなゴールと違い、価値には終わりがありません。「ずっと大事にしていたい姿勢」とイメージすると分かりやすいかもしれません。

とはいえ、ストレスが強い時には、「価値なんて考える余裕はない」と感じる方も多いでしょう。その場合は、いきなり人生全体を考えなくて構いません。「今日一日を、どんなふうに過ごせたら少しましだろう」と、時間をぎゅっと小さく区切ってみるのがおすすめです。

具体的には、次の三つを紙に書き出してみます。①今、悩んでいること ②その状況で、自分にとって大切にしたいこと ③その価値に一歩だけ近づく、五分以内でできる行動。この三つをセットで考えると、不安や落ち込みがあっても、「できることベース」の発想に切り替わりやすくなります。

書き出すときには、頭の中だけで考え続けないことも大切です。紙に言葉を置いて眺めるだけで、「これは事実で、これは自分の解釈だな」と整理しやすくなります。呼吸をゆっくり整えながら、肩や胸のあたりの感覚に目を向けてみると、緊張が少しゆるみ、考えを選び直しやすくなります。

例えば「職場でミスをして落ち込んでいる」場面なら、②は「誠実さ」や「成長」を大事にしたい、となるかもしれません。その場合の③は、「上司に事実を簡潔に報告する」「今後のチェックリストを一つ作る」などです。「完璧に取り戻す」ことではなく、「価値に沿った一歩」を選ぶのがポイントです。

「家族との時間を大切にしたいのに、疲れてついスマホばかり見てしまう」という場合も同じです。このときの③は、「夕食のあとの十五分だけ、スマホを別の部屋に置いて話を聞く」「お互いに今日あった良いことを一つずつ話す」などが考えられます。

価値ベースの一歩を重ねると、不安やモヤモヤが完全に消えるわけではありませんが、「それでも動けた自分」が残ります。この感覚は、自己肯定感よりも「自分との信頼関係」に近いものです。眠りにつく前に、「今日の一歩」を三十秒だけ振り返る習慣をつけると、睡眠前の反省会モードが和らぎ、睡眠と休息の質も少しずつ変わっていきます。