◆適応障害とは
適応障害とは、様々なストレスを原因とした短期的な精神的・身体的な反応のことであり、ストレス性障害とも言われます。様々なストレスを受けて、一時的に落ち込んだり眠れなくなったり精神的・身体的な症状が出る事はありますが、多くは短期間で収まります。
しかし、そのストレスへの反応が原因で、学校や仕事に行けなくなったりと、社会生活に大きな影響を与えてしまいます。このようなストレスへの過剰な反応を適応障害と言います。
同じ内容・同じ程度のストレス要因であっても、個々人によってのストレスへの反応の程度は異なります。つまり適応障害とは、生活の変化や出来事を原因として、普通の日常生活が送れなくなる程の精神的・身体的な症状が出現している状態といえます。
ストレスの原因は、本人でも分かりはっきりしている事が多いので、その原因から離れる事で症状は速やかに軽減するのが特徴です。しかし、そのストレスが長期間継続する状態では、症状の悪化や慢性化してしまうので注意が必要です。
◆適応障害の原因
適応障害になる原因の殆どは、ストレスに因ります。しかし、同じ出来事であっても人によって感じるストレスの程度は異なります。ある人には「そこまで大きなストレスにならない」と感じるような内容であっても、他の人にとっては重度のストレスとなり、生活に支障を来す場合があります。
ストレスと言っても、つらい事があっただけが原因とは限りません。例えば天気でも低気圧や気温の変化に因るものでストレスが掛かる事はあります。また、騒音や異臭などの生活環境に因るものなども原因となる可能性は高いです。
適応障害を発症させる可能性があるストレスは、必ずしも悪い出来事やつらい出来事がきっかけとなるわけではなく、嬉しい出来事であっても発症の原因となるほど大きなストレスが掛かる場合もあります。ストレスを乗り越える事が出来ない状況や、ストレスの内容が自分の気持ちとミスマッチしている状況で発症する事が多いです。
適応障害を発症した場合は、原因を特定することが重要であり、そのストレスの内容が本人にとってどのような意味を持つのかという視点で考えていく事が治療を行っていく上で大切です。
◆適応障害の症状
適応障害の患者さんは、主に不眠症状や動悸等の不安症状、うつ症状を中心とした精神的・身体的な症状が見られます。
職場に出勤する事が原因となっている場合は、勤務怠慢になり仕事の効率が悪くなり、仕事のミスが多発するといった特徴があります。しかし、休日になると自分の趣味や興味のあることに楽しむ姿が見られたり、症状が軽くなったりする患者さんは多くみられます。そのため、ストレスが無い時は趣味等に活動的になっている姿を見られた場合は、周囲から「仕事にやる気が無い」と誤解されてしまう事があります。症状について、なかなか理解されず苦しむ事が多いです。
また、苦痛から逃れたいと思う気持ちから、例えば「職場を退職する」等、ストレスとなる状況を回避しようとする行動が多いです。その結果、社会的に生活する事が困難となり、症状の慢性化に繋がりかねません。
◆適応障害の診断
適応障害は100人に2~8人の割合で発症し、男女比は、2:1と女性に多いと言われています。また、精神科で治療を受けている人のうち、適応障害と診断されている人は20%程度とされ、一般的にもよくみられている疾患と言えます。
ICD-10(国際疾病分類 第10版)によると、適応障害の診断基準は以下の通りです。
診断は、以下の諸項目間の関連の注意深い評価に基づく。
(a)症状と形式、内容および重症度
(b)病歴と人格
(c)ストレス性の出来事、状況、あるいは生活上の危機
第三の項目の存在は明確に確認されるべきであり、強力な、推定的であるかもしれないが、それなしに障害は起こらなかったという証拠がなければならない。ストレスが相対的に小さいか、あるいは時間的結合(3ヵ月未満)を立証することができないならば、現症に応じて他のどこかに分離すべきである。
つまり、症状の出現に対してストレスの原因となる出来事があったかどうか、いつから症状が出ているのかを確認する事が重要になります。
◆適応障害の治療
適応障害の治療は、まずストレスの原因を突き止めます。ストレスの原因をコントロールするように環境調整をする事が最も重要な治療法です。患者さん1人でストレスの原因を解決する事は難しい場合は、家族、職場の上司、会社医療スタッフ(産業医・保健師等)、医療機関等でサポート体制を整えていきます。
しかし、環境を変えられない場合もあります。夫婦や両親との関係などはストレスの原因から離れる事は難しいでしょう。このような場合は、カウンセリングが奏功するかもしれません。カウンセリングを受ける事で、環境を変えられない場合であっても、その環境に合わせて意識や行動を変容し、環境に適応していく力を高められるようになります。また、不眠・イライラ・不安感・恐怖感等が目立つ場合は薬物治療も並行します。
適応障害になる程のストレス原因に対して回避行動を取り続け、症状が改善したとしても、再び同じストレス原因に直面しなければならない場合もあります。適応障害の再発防止のために、ストレス原因への適応を促し、ストレス耐性を向上させる事が重要なのです。
適応障害は、原因であるストレスが解決されたり、ストレス耐性が向上したりする事で、症状が軽快し治癒する方が多いです。そのため、適応障害は予後が良好な病気だと言えるでしょう。
しかしながら、長期間に渡り強いストレスがかかった状況では、適応障害からうつ病に移行する場合があります。したがって、適応障害と診断された後の経過でうつ病と診断される場合もあります。つまり、適応障害はうつ病の前段階となる可能性もあり、「少し休めば大丈夫」だと安易に判断してはいけません。適応障害から、うつ病への移行を防ぐ事が大切なのです。心の問題は、周囲に理解されない事が多いですが、早めに対応する事で、予防や症状の増悪を防ぐ事が出来ます。
適応障害で休職する場合では、うつ病と比較して症状の改善は速やかです。しかし、症状が良くなったからといって、何も準備をしないで復帰してしまうと再発する可能性があります。そこで、再発予防の為のリハビリが大切です。休職中に、「復職後のストレス」について検討し、どのように対応すれば再発防止になるのかといったストレス対処法を身につけることが重要です。
また、しっかりとした休息をとりながら、以下に挙げた事柄を継続する事が大切です。
・朝早い時間に日光を浴びる(しっかり睡眠をとり昼夜逆転しないように生活サイクルを安定させる)
日光を浴びる事で網膜が刺激され、セロトニンが分泌されます。特に起床してから30分以内に20-30分間、日光を浴びる事が重要です。室内の光では日光の明るさには到底及ばないため、あまり分泌されません。また、曇りの日でも室内の光の数倍の明るさがありますので、積極的に日光を浴びましょう。
人間の体内時計は1サイクル25時間とされ、メラトニンというホルモンが関係しています。メラトニンは脳内の睡眠誘発物質で、分泌が増えると眠気を感じます。朝起きて日光を浴びると、体内時計が正しくリセットされ、昼間のメラトニンの分泌が抑制されます。逆に夜にはしっかりとメラトニンが分泌されるようになります。これにより自然な眠りを誘い『概日リズム(1日の睡眠・覚醒のリズム)』を整える作用があります。
・適度なリズム運動を行う
運動に関しては、一定のリズムで行う運動がセロトニンの分泌を高めてくれます。具体的にはウォーキングやランニングなど中等度の運動を1週間に150分以上行う事が重要とされます。日光浴も兼ねて毎朝20-30分程度行うといった方法が良いでしょう。セロトニンが分泌されるのはリズム運動を始めて5分ほど経ってからなので一定時間続けることが大切です。20-30分程度でピークになり、ピーク状態は2時間ほど続きますが運動をし過ぎて疲れてしまうと分泌が減っていきます。そのためリズム運動をする時は1回につき20-30分を意識しましょう。これらの運動が難しいという方は、毎朝の散歩から始めて、徐々に体を慣らしていきましょう。
また、有酸素運動を行うと、成長ホルモンが分泌されます。成長ホルモンは脂肪燃焼、睡眠の質向上、疲労回復、免疫力アップなど体に良い効果がたくさん認められていますので、運動を積極的に行いましょう。
・3食バランスの取れた食事をしっかり咀嚼して食べる
セロトニンの材料となるのが、たんぱく質に多く含まれるトリプトファンという必須アミノ酸です。肉・魚・大豆・乳製品・バナナ・ナッツ類にたんぱく質が多く含まれるので、これらの食材をとることでトリプトファンを摂取することができます。また、トリプトファンからセロトニンを生成する為にビタミンB群やビタミンC、亜鉛などの成分が必要となるので、これらの栄養も一緒に取る事が重要です。
イワシやサンマなどの青魚に多く含まれるEPA、DHAは近年、うつ病の改善にも有効であるとの報告がされています。これらを意識して食生活を変えてみるもの大事な治療になります。
普段の食事で、ある程度歯ごたえのある硬さの食材を選び、噛む事を意識しながら食べるだけでも、セロトニンの分泌に効果的とされます。食事はもちろん、ガムを噛むということも有効です。ガムを20分間しっかり噛み続けると、セロトニン分泌が増加したという研究データもあります。
「食事が重要なのは分かるけど食欲がない」という方もいると思います。そういう場合はバナナやヨーグルトを1つ食べるだけで構いませんので、3食食べる習慣を維持しましょう。
・人との交流を持つ
人間は誰かを喜ばせたり、誰かの役に立つことで自身も幸福や充足感を得ます。友人とおしゃべりする、家族団欒を楽しむ、ペットと触れ合うといった行為はオキシトシンというストレスを癒すホルモンを分泌します。仕事などで多少のストレスがあっても安定した人間関係があったおかげでメンタル的に支えられた、という経験はありませんか?それだけオキシトシンはメンタルの安定にとって重要なのです。
オキシトシンは人に親切にしたり、逆に親切にされた時にも分泌されます。たとえ親密な関係が無い相手であっても積極的に交流を持つようにしましょう。誰かと関わる事が難しければ、家族やお店のスタッフさんとの簡単な挨拶からスタートすると良いでしょう。
・何かしら行動を起こす
「やらなきゃいけないのは分かっているけど、やる気が出ません。」と悩む人は非常に多いです。「やる気スイッチ」を押して瞬時に行動できたらどんなに楽な事でしょうか。実は脳には側坐核という「やる気スイッチ」に当たる部分が存在します。一定以上の刺激を与える事で側坐核からドーパミンというホルモンが分泌され、これによりやる気が湧いてきます。では “一定以上の刺激を与える” 為にはどうしたら良いのでしょうか。それは “実際にやってみる” 事で十分です。「それが出来たら苦労しないよ。」と思うかもしれませんが、それが側坐核の仕組みなのです。簡単な作業で良いので「5分だけやってみる」事でドーパミンの分泌を促せます。
そしてこのドーパミンは、何かを達成する度に分泌されます。ですので大きくて大変な1つのタスクを敢えて細かく小さなタスクに分解してあげる事でドーパミン分泌の回数を増やす事ができます。また、タスクは全てToDoリスト・目標設定として紙に記載する事で視覚化し、よりドーパミンの分泌を促す事が出来ます。
・嫌な事を忘れる
仕事で失敗した等、嫌な出来事が頭の中に残って離れないような事がありませんか?そんな時どのような行動を取るでしょうか。多くの人は誰かに相談をしたり、愚痴をこぼしたりします。しかし何度も繰り返し話してしまうと、嫌な出来事の記憶は強烈に記憶され、忘れられない状態になってしまいます。とは言え、「嫌な出来事を誰にも言わずに心に留めておく」事は非常にストレスが掛かります。ですので、嫌な出来事があった場合、“1回だけ話してお終いにする” 事が大切です。1回で終わらせる事で記憶も強化されませんし、ストレスの発散にも繋がります。
それでも嫌な出来事が頭から離れませんという人は、意識的に良い出来事を考えましょう。友人と遊びに行ったり、趣味に没頭する等も良いです。そういった良い出来事について日記など文字にして記載すると、ポジティブな記憶が強化されやすいです。また、人間はマルチタスクが出来ません。良い出来事を考えている限り、嫌な出来事は思い出されません。つまり、良い出来事を考える事で、嫌な出来事を頭の中から追い出す事が出来ます。