心のクリニック 医療コラム
2025年11月10日
境界線の引き方レッスン——上手な「断り」が心身を守る

仕事でも家庭でも、頼まれた瞬間につい「いいですよ」と返してしまう人は少なくありません。気づけばスケジュールが埋まり、疲れやイライラが募り、睡眠の質まで落ちてしまうことも。これは意志の弱さではなく、境界線を引くスキルがまだ育っていないだけです。境界線は、相手を拒絶する線ではなく、自分と相手を大切にするための目に見えないガードレール。今日は誰でも実践できる「上手な断り方」を紹介します。

第一に、即答をやめること。「一度予定を確認してお返事します」とワンクッション置くだけで、衝動的な引き受け癖を防げます。人は頼まれた直後が最も断りづらい時間帯です。冷静になる時間が、過剰な負担やストレス、反芻思考を減らします。

第二に、事実→感情→代替案の順で伝える。「今週は案件が立て込んでおり(事実)、無理に受けると質を落としてしまいそうです(感情)。来週の水曜以降なら対応できます(代替案)」という具合です。相手を非難せず、自分の限界を丁寧に言語化することがポイント。これは認知行動療法の考え方とも整合し、うつや不安の再燃予防にも役立ちます。

第三に、役割基準で線を引く。個人の好悪ではなく、「私はこのプロジェクトでは診療面に集中します」「事務連絡は事務担当へ」など、役割に即して断ると摩擦が減ります。職場のコミュニケーションでも、家族内の分担でも有効です。基準が明確だと、睡眠時間や回復のための休息も守りやすくなります。

第四に、短い定型文を用意する。緊張時は長く説明するほど説得力が下がりがちです。「今回は見送ります」「責任を持って対応できないので控えます」など、短く誠実なフレーズを3つほど手元に置きましょう。チャットやメールでは冒頭で結論、次に理由、最後に感謝の順で簡潔に。決して言い訳の羅列にしないことがコツです。

そして最後に、自分の「許容ライン」を可視化しましょう。睡眠、食事、運動、通院やカウンセリング、家族時間など、健康と生活の土台を先にカレンダーへ固定します。残り時間から仕事や頼まれごとを配分する発想に切り替えると、エネルギーの枯渇を防げます。境界線は相手を遠ざける壁ではなく、信頼を長持ちさせるクッション。上手に断れる人ほど、長期的には周囲の期待に応え続けられるのです。

境界線の引き方は、ストレス対策、睡眠の改善、休職・復職の再発予防にも密接に関係します。「断る勇気」は鍛えられる技術です。一人で難しいときは、専門家と一緒に練習してみてください。