うつ病のメカニズムとして、有力視されているのがモノアミン仮説です。すなわち、「セロトニンなどの脳内モノアミンが低下することでうつ病が引き起こされる」という考え方です。
代表的なモノアミンであるセロトニンは以下の合成経路で作られます。
<セロトニンの合成経路>
L-トリプトファン(肉、魚、大豆、乳製品、卵・バナナなどに含まれる)
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5-HTP
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セロトニン
セロトニンの原料となるトリプトファンを摂取するだけでは不十分で、上記の合成経路がスムーズに進むためにはビタミンBが重要な役割を果たしています。上記の合成経路を眺めていると、「トリプトファンを含むものを食べるとか、ビタミンを摂るとか面倒なので、セロトニンを直接摂取すればよいのでは?」という素朴な疑問が生まれるかと思います。残念なことに、血液と脳の間には、血液脳関門(Blood-Brain Barrier)というバリアがあるため、血液中のセロトニンは脳内へ移動することができません。一方、前駆物質であるトリプトファンは、脳血液関門を通過することが可能ですが、せっかく脳内に移行できても合成経路が進まなければ、肝心の脳内セロトニンは増えてくれません。トリプトファン含有食品をしっかり摂取したうえで、やはりビタミンBの摂取は大切ということになります。
以上を踏まえると、「ビタミンBをたくさん摂取している人のほうが、うつ病の発症リスクは低いのではないか?」という推論が生まれても不思議ではありませんが、実はカナダのグループが検証を行い、2016年にイギリスの医学雑誌に発表しています。
European journal of clinical nutrition. 2016 Mar
この論文のポイントを簡単に説明すると、以下の2点です。
・対象は、ケベック州住民のうち、うつ病を発症していない高齢者。平均年齢は70代半ばで、男女比はほぼ同じ。1368名を3年間追跡調査したところ、170名がうつ病と診断された。
・「ビタミンB12の摂取量が多い男性」と、「ビタミンB6の摂取量が多い女性」は、うつ病の発症リスクが低いことを示唆する結果となった。
上記にさかのぼること2年、豪州のグループが、「抗うつ薬にビタミンB(B6・B12)を併用することで、治療効果が増強されるか」を検討しています。2014年、イギリスの医学雑誌にて発表されています。
The British journal of psychiatry. 2014 Dec
結論を簡単にまとめると、
・ビタミンB併用12週間では抗うつ薬の効果を強めることはできなかった
・12週時点でremission(寛解)に至った患者において、その後の再発リスクは、ビタミンBを併用した人の方が低かった。
<まとめ>
ビタミンBとうつ病に関する医学研究を2つご紹介しました。即効性は期待できないとしても、中長期的には摂取した方がよさそうですね。うつ病の発症予防・再発予防ともに、ビタミンB6・B12に期待が持てそうな結果といえます。
ビタミンB6は、鶏肉、マグロ、サーモン、にんにく、ぎんなん等に多く含まれます。セロトニンなどの神経伝達物質の合成にとどまらず、脂質代謝や動脈硬化防止に役立ったり、皮膚・粘膜の健康を保つ役割も果たしています。
ビタミンB12は、しじみ、あさり、干し海苔、マグロ、たらこ、すじこ、鶏レバーなどの動物性食品に豊富に含まれています。菜食に極端に偏ると不足する可能性があるため、注意が必要です。ビタミンB12は、神経の回復を早めること以外にも、睡眠の質を改善することが知られており、メンタルヘルスにとって重要な栄養素です。たとえば、糖尿病の患者さんでうつ病の発症率が高いことが国内外の研究にて示されていますが、糖尿病ではビタミンB12の吸収が妨げられるという事実と無関係ではないでしょう。いずれにせよ、栄養面も含め、日頃の健康管理が大切なのは疑いの余地がありません。月並みではありますが、食生活って本当に大切ですね。